
「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外や休日に、仕事の電話やメール、チャットなどの業務連絡に対応しない権利です。
海外では法制度として取り入れる国もあり、日本でも勤務時間外の連絡のあり方が議論されています。
働き方のデジタル化によって、会社を出てもスマートフォンには仕事の通知が届くようになりました。便利になった一方で、退勤後まで返信を求められれば、休息時間と労働時間の境界は曖昧になります。
こうした状況が続けば、勤務時間外でも仕事を意識し続けることになり、十分な休息を取れなくなる可能性があります。
この記事では、つながらない権利の意味や海外・日本の法制化の状況、必要とされる背景、職場で取り入れる方法について解説します。
目次
つながらない権利とは
「つながらない権利」とは、勤務時間外や休日に、仕事のメールや電話、チャットなどから離れ、業務への対応を求められない時間を確保するという考え方です。単にスマートフォンの通知を切るという話ではなく、連絡に応じなかったことを理由に不利益を受けないといった点まで含めて議論されています。デジタルツールによって、勤務時間外でも仕事の連絡を受け取れるようになった今、仕事と私生活の境界をどこに置くのかが改めて問われています。
勤務時間外の連絡から離れる権利
つながらない権利が対象とするのは、退勤後や休日の電話、メール、ビジネスチャットなど、勤務時間外の仕事に関する連絡です。
欧州議会は2021年の決議で、勤務時間外に電話やメールなどの業務上のコミュニケーションに対応せず、それによって解雇や不利益な取り扱いを受けないことを、つながらない権利の考え方として示しています。
ただし、「勤務時間外は一切連絡してはいけない」という意味ではありません。欧州議会が示した指令案でも、不可抗力やその他の緊急事態では例外を設けることが想定されています。
重要なのは、どのような場合に勤務時間外の対応を求めるのか、翌営業日まで待てる連絡は何かをあらかじめ明確にし、職場でルールを定めておくことです。
参考:European Parliament/Report with recommendations to the Commission on the right to disconnect
つながらない権利が注目されるようになった背景
スマートフォンやメール、Teams、Slackなどの普及によって、職場を離れていても仕事の連絡を受け取れるようになりました。特にテレワークでは、仕事をする場所と生活する場所が重なることもあり、勤務時間と私生活の境界が曖昧になることがあります。
厚生労働省も、時間帯にかかわらず業務の指示や報告が行われることで、仕事と生活の時間の区別が曖昧になり、「生活時間の確保に支障が生ずる」おそれがあると指摘しています。実際、厚生労働省の調査では、勤務時間外の社内連絡に「出社せず通信機器等で対応した」と回答した労働者が23.4%いました。
連絡できる環境があることと、勤務時間外まで対応を求めることは別の問題です。
参考:厚生労働省/テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン
残業規制とは何が違うのか
残業規制は、法定労働時間を超えて働かせる場合の手続きや、時間外労働の上限などを定めたルールです。一方、つながらない権利では、勤務が終わった後まで仕事との接続が続く状態も問題になります。
たとえば、残業をせず18時に退勤しても、21時に上司からチャットが届けば、その内容が気になり、再び仕事を意識することがあります。勤務時間が終わっていても、仕事から十分に離れられないという問題です。厚生労働省でも、労働時間規制とは別の論点として、勤務時間外の連絡ルールや「つながらない権利」のあり方について議論が続いています。
参考:厚生労働省/労働基準関係法制研究会報告書 概要
参考:厚生労働省/第209回労働政策審議会労働条件分科会 議事録
世界で議論が進む「つながらない権利」の法制化
つながらない権利は、すでに法律に取り入れている国がある一方、制度の内容は国によって異なります。
フランスでは労使で具体的なルールを決める仕組みが設けられ、オーストラリアでは勤務時間外の連絡への対応を拒否できる権利が法律に盛り込まれました。
一方、日本では2026年9月現在、つながらない権利そのものを定めた法律はありませんが、厚生労働省では、勤務時間外の連絡をどう扱うかについて検討が続いています。
フランスのつながらない権利
フランスでは2017年1月から、労働法制の中に「つながらない権利」が位置づけられています。
ただし、「18時以降はメール禁止」といった一律のルールを法律で定めているわけではありません。労働者の休息や休暇、私生活・家庭生活を守るため、つながらない権利の行使方法やデジタルツールの利用について、対象となる企業において労使交渉のテーマとされています。合意に至らない場合は、使用者が従業員代表機関の意見を踏まえて憲章を作成し、権利の行使方法やデジタルツールの適切な利用に関する研修・啓発などを定めます。
つまり、法律で一律の時間帯を決めるのではなく、対象企業が労使交渉などを通じて、勤務時間外のデジタル接続に関する具体的なルールを整える位置づけとなっています。
参考:厚生労働省/労働時間制度の概要等について
オーストラリアのつながらない権利
オーストラリアでは、Fair Work Actの改正によって、勤務時間外の連絡に対応しない権利が設けられました。
従業員は、勤務時間外に会社や取引先などから連絡があった場合、拒否が「不合理」でない限り、その連絡を確認したり、読んだり、返信したりすることを拒否することができます。2024年8月に一定規模以上の企業で始まり、2025年8月からは小規模企業にも適用されています。
ただし、会社が時間外に連絡すること自体が禁止されているわけではありません。連絡の理由、従業員の役職、時間外対応に対する報酬、本人の事情などを考慮し、拒否が合理的かどうかを判断します。「連絡禁止」ではなく、「返信を当然としない」という設計です。
参考:ジェトロの海外ニュース/「つながらない権利」、小規模事業者にも適用開始(オーストラリア)
日本における法制化の流れ
日本では2026年9月現在、勤務時間外の業務連絡を拒否できる「つながらない権利」は法制化されていません。厚生労働省の資料でも、現行法令には勤務時間外の業務上の指示や連絡そのものを規制する制度はないと整理されています。
一方、労働政策審議会では、勤務時間外にどこまで連絡を認めるのか、どの連絡なら労働者が拒否できるのかを労使で話し合う仕組みや、ガイドラインの策定などが検討されています。2026年7月の審議でも、「つながらない権利」のあり方について引き続き検討する必要があるとされています。日本ではまだ「権利」にはなっていませんが、勤務時間外の連絡を職場任せにしてよいのか、という議論はすでに始まっています。
参考:Légifrance/Code du travail Article L2242-17
参考:Fair Work Ombudsman/Right to disconnect
参考:厚生労働省/労働基準関係法制研究会報告書 概要
参考:厚生労働省/第210回労働政策審議会労働条件分科会 議事録
つながらない権利が必要な理由
メールやチャットは、場所を問わず仕事を進められる便利なツールです。しかし退勤後に業務連絡を確認し、返信を考え、翌日の仕事が頭から離れない状態では、労働時間が終わっても気持ちのうえでは、仕事を続けてしまいます。つながらない権利が求められる背景には、休息の時間まで「連絡可能な時間」に変えないという考え方があります。
退勤後も仕事が終わらない
タイムカードを押した瞬間に、仕事との接続まで切れるとは限りません。帰宅途中にメールを確認し、夕食中にチャットへ返信し、寝る前に翌日の資料が気になってしまうような状態が続けば、職場を離れていても仕事について考える時間が続いてしまいます。
厚生労働省のテレワークガイドラインでも、時間帯を問わず業務の指示や報告が行われることで仕事と生活の時間の区別が曖昧になり、生活時間の確保に支障が生じるおそれがあると指摘されています。退勤後まで仕事を追いかける状態を放置せず、「勤務時間外にどこまで対応するのか」を職場で決めることが、つながらない権利を考える出発点です。
メールやチャットが休息を奪う
休息を奪うのは、メールを読む数分間だけではありません。「返信したほうがいいか」「何と返そうか」と考え始めた瞬間、頭は再び仕事モードに戻ってしまいます。勤務時間外の仕事目的のスマートフォン利用を調べた研究では、利用量が多い日は仕事から心理的に離れる「心理的ディタッチメント」が低いことが報告されています。また複数の研究をまとめたレビューでも、勤務時間外の仕事目的のスマートフォン利用と、仕事と私生活の葛藤との関連が多くの研究で確認されています。
休息とは、単に会社にいない時間ではありません。仕事から心理的に離れる時間を確保することも、休息や回復を考えるうえで重要です・
参考:Frontiers in Psychology/Daily Fluctuations in Smartphone Use, Psychological Detachment, and Work Engagement
参考:PLOS Digital Health/Work-related smartphone use during off-job hours and work-life conflict: A scoping review
「返信しない」が難しい職場もある
「時間外なら返信しなければいい」と個人の判断だけに任せると、立場によって対応に差が生まれます。
上司からメッセージが届けば、「既読なのに返さないと思われたくない」「評価に響くのでは」と感じる人が出てくる可能性もあります。
厚生労働省が公表した「労働時間制度等に関するアンケート調査」では、勤務時間外や休日の社内連絡について「特段ルール等は整備しておらず、現場に任せている」とした企業が36.8%と最も多くなっています。また、帝国データバンクが2026年に実施した調査では、「ルールはなく、勤務時間外に連絡することがある」と回答した企業が60.3%に上りました。
連絡を断るかどうかを社員一人ひとりの判断に委ねるのではなく、返信が必要なケースや緊急連絡の範囲を会社側が明示することが重要です。
参考:厚生労働省/テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン
参考:厚生労働省2024年調査:勤務時間外連絡のルール整備状況
つながらない権利を職場に取り入れる方法
つながらない権利を職場に取り入れるなら、「時間外は連絡禁止」と決めるだけでは不十分です。業務によっては、障害対応や顧客対応など勤務時間外の連絡が必要になる場面もあります。
大切なのは、どの連絡なら認めるのか、誰が対応するのか、翌営業日まで待てる案件は何かを整理することです。厚生労働省の資料でも、勤務時間外の連絡について、業務の実態を踏まえた社内ルールを労使で検討する必要性が示されています。
時間外連絡のルールを決める
まず決めたいのは、「勤務時間外に何を送ってよいのか」という基本ルールです。たとえば、通常の報告や確認は翌営業日に回す、チャットのメンションは勤務中の社員に限る、休日のメールには即時返信を求めない、といった基準が考えられます。
送信予約機能を使い、夜間に作成したメールを翌朝に届ける方法もあります。
ポイントは、受け取った側に判断を丸投げしないことです。時間外の連絡をどこまで認めるかを、部署や役職ごとに具体化することが必要です。
緊急連絡の範囲を決める
つながらない権利を設けても、災害、重大なシステム障害、事故など、勤務時間外に連絡が必要なケースまでなくなるわけではありません。そこで、「緊急」の定義をあらかじめ決めておきます。
顧客から連絡が来た、明日の資料を修正したい、といった案件まで緊急扱いにすると、結局は以前と変わりません。連絡手段も分けておくと明確です。通常案件はメールやチャット、即時対応が必要な案件だけ電話にする、といった方法があります。誰が対応するのかも当番制やオンコール担当などで決め、全社員を常時待機させない仕組みが必要です。
管理職が時間外連絡を減らす
ルールを定めても、管理職が夜間や休日に頻繁にメッセージを送っていれば、職場にはなかなか浸透しません。「返信は明日で大丈夫です」と添えてあっても、上司から届いた業務連絡である以上、部下が気にしてしまうことはあります。
そのため、管理職自身が、いつ・どのような内容を連絡するのかを見直すことが重要です。急ぎではない案件は翌営業日に送る、夜間は送信予約を使う、休日に思いついた仕事は勤務時間内に伝える、といった工夫が考えられます。つながらない権利を定着させるには、社員に「通知を見ないようにする」ことだけを求めるのではなく、連絡する側の行動も見直す必要があります。
社内方針として明文化する
「時間外はなるべく連絡しない」と口頭で伝えるだけでは、人によって受け取り方が変わります。対象となる時間帯、連絡を認めるケース、緊急時の連絡方法、返信を求めない時間、対象となる職種などを整理し、社内方針として明文化しておく方法があります。
厚生労働省の調査では、災害時などの緊急連絡を除く勤務時間外の業務連絡について、「ルールはないが、勤務時間外に連絡することがある」と回答した事業所が44.4%でした。
また、オーストラリアのFair Work Ombudsmanも、勤務時間外の連絡について使用者と従業員が話し合い、それぞれの職場や役割に合った対応を決めることを勧めています。さらに、社内規程や手続き、関連文書の見直しや、取り決めを書面に残すことも例示しています。時間外の連絡を個人の判断だけに任せず、社員が確認できるルールとして示すことも一つの方法です。
参考:厚生労働省/労働時間制度等に関する実態調査結果
参考:厚生労働省/第196回労働政策審議会労働条件分科会 議事録
参考:Fair Work Ombudsman/Discussing the right to disconnect
まとめ
「つながらない権利」は、勤務時間外や休日に仕事の連絡から離れ、休息や私生活の時間を確保するための考え方です。フランスやオーストラリアでは法制度に取り入れられていますが、日本では2026年9月現在、法制化には至っていません。
一方で、メールやチャットの普及によって、退勤後も仕事との接続が続く問題は身近になっています。企業側には、時間外連絡のルールや緊急時の対応範囲を明確にし、管理職を含めて運用を徹底することが求められます。仕事から離れる時間を確保することは、働き方そのものを見直すうえでも重要です。
また、ストレスチェックは、労働者自身のストレスへの気づきやメンタルヘルス不調の未然防止につなげる制度です。2028年4月1日からは50人未満の事業場にも実施が義務化されます。こうした制度も活用しながら、勤務時間外の連絡を含め、職場のストレス要因そのものを見直すことが大切です。
ストレスチェッカーは、官公庁・上場企業・医療機関などで採用されている国内最大級のストレスチェックツールです。自動リマインド、面接指導者管理、進捗確認機能を標準搭載し、2025年5月からは無料プランでも「プレゼンティーイズム(生産性低下)」の測定に対応しております。
導入方法や実施方法など、お気軽にお問合せください。

