
職場における精神保健福祉は、従業員の心の健康を守るために欠かせない取り組みです。
精神的な不調は生産性の低下や離職の要因にもなるため、早期の気づきと対応が重要です。上司や同僚の理解、相談しやすい雰囲気づくり、柔軟な働き方の導入なども、精神的負担を軽減する上で効果的です。精神保健福祉の視点を取り入れた職場づくりが、働く人の安心につながります。
目次
精神保健福祉とは
職場における精神保健福祉は、働く人の心の健康を守るうえで欠かせない取り組みです。厚生労働省の平成30年労働安全衛生調査によると、労働者の約6割が仕事に関する強いストレスを感じているとされており、心の不調が日常的な課題になっています。
> 厚生労働省/平成30年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況
また、過労死などの労災補償では、精神障害による認定件数が年々増加しており、職場がストレスの主な発生源となっていることが明らかになっています。
こうした状況を受け、2015年からは50人以上の事業所を対象にストレスチェック制度が義務化されました。厚生労働省は、労働者のメンタルヘルスを守るため、未然に不調を防ぐ一次予防、早期発見と対応を行う二次予防、そして回復と職場復帰を支える三次予防の三段階で対策を推進しています。
事業所には、これらを踏まえた「心の健康づくり計画」を中長期的に策定し、定期的な評価と見直しを行うことが求められています。精神保健福祉は、働きやすい職場環境をつくるうえで重要な柱のひとつなのです。
ストレスチェック制度
ストレスチェック制度は、労働者の心の健康を守るために導入された制度で、働く人が心理的な負担の程度を把握し、自身で気づきを促すことを目的としています。ストレスが高いと判定された人が希望すれば、事業者は医師による面接指導を受けさせる必要があり、面接の結果によって就業場所の変更や労働時間の短縮などが必要と判断された場合には、会社側は適切な措置を講じなければなりません。
制度の対象者は、正規の職員だけでなく、パートタイムや派遣社員なども含まれ、幅広い働き方に対応しています。
ストレスチェックの実施においては、医師や保健師のほか、一定の研修を受けた歯科医師、看護師、精神保健福祉士、公認心理師などが「実施者」となることができます。また、個人の健康管理に加え、職場全体の環境改善を目的に、部署単位などの集団結果を集計・分析することも行われます。
なお、ストレスチェックの情報は守秘義務のもとに管理されており、これに違反した場合は刑罰の対象となることもあります。
EAP/従業員支援
EAP(従業員支援プログラム)とは、社員が抱える悩みや問題に対して早期に支援を行い、心身の健康を保ちながら働けるようサポートする取り組みです。結果として社員のパフォーマンス向上や職場の安定につながり、企業全体の利益にも結びつくと考えられています。
EAPはもともとアメリカで生まれた制度で、当初はアルコール依存などの問題に対応するために導入されましたが、現在では支援内容が大きく広がっています。
具体的なプログラムとしては、①個人カウンセリング、②管理職向けのコンサルテーション、③メンタルヘルス研修、④法律・財務・医療など外部の専門家への紹介、⑤うつ病などで休職した人の復職支援、⑥臨床心理士などが職場に出向く出張カウンセリング、⑦ストレス調査による高ストレス者のフォローや職場環境の見直しなど、計7つの柱を中心に構成されています。
産業医
産業医とは、働く人たちが健康的で安心して業務に取り組めるよう、職場に対して医学的な視点から助言や指導を行う医師のことをいいます。労働安全衛生法の定めにより、常時50人以上の労働者がいる事業所では産業医の選任が義務づけられています。
産業医の業務には、健康診断の結果に基づく保健指導や、長時間労働者への面談、定期的な作業場の巡視による職場環境のチェック、ストレスチェック制度に基づいた高ストレス者への対応、復職支援のための面談や助言、有害物質や騒音などのリスクへの対応、労働者からの健康相談への対応、安全衛生委員会への参加と報告、そして健康上の理由で配慮が必要な従業員の就業可否判定などがあります。
産業医は、事業者や人事担当者、保健師など職場の関係者と連携しながら、労働者との面談やヒアリングを通して、現場の声をすくい上げ、健康リスクの低減や職場環境の改善につなげる取り組みを行います。
地域産業保健センター
地域産業保健センターは、従業員数が少ない中小規模の事業所や、社内に産業医などの相談体制が整っていない企業をサポートするために設けられている公的機関です。
従業員が50人未満で産業医の選任義務がないような職場でも、労働者の健康管理やメンタルヘルスへの対応がきちんと行えるよう支援する仕組みで、全国の各都道府県に設置されています。
センターでは、地域の医師や保健師、産業保健に関する専門家と連携しながら、個別健康相談や長時間労働者への面接指導、職場のメンタルヘルス対策、健康診断後のフォローアップなど、産業保健に関するさまざまなサービスを提供しています。社内に専門的な知識をもつ人材がいない事業所にとって、従業員の健康を守るうえで心強い存在です。
利用には事前の申し込みが必要ですが、相談や支援は無料で受けられるため、コスト面でも導入しやすい制度です。
職場の精神保健福祉で知っておきたい事
職場における精神保健福祉でまず知っておきたいのが、うつ病や適応障害などの精神疾患も、業務との因果関係が認められれば労災として認定されるケースがあるということです。
また、メンタル不調で休職した社員の復職を支える「リワークプログラム」や「職場復帰プログラム」も重要です。医療機関や地域の支援機関などと連携して、段階的に業務に慣れていけるようサポートする仕組みで、再発防止やスムーズな職場復帰に役立ちます。
また、精神障がいのある方が「障がい者雇用枠」で就労するケースも増えており、企業側にも合理的配慮や職場内の理解促進などの体制整備が求められています。
傷病手当金制度
傷病手当金制度は、業務外の病気やけがで仕事ができなくなったときに、生活を支えるための公的な制度です。主に健康保険や各種共済組合などに加入している被保険者が対象で、国民健康保険には基本的にこの制度は含まれていません。仕事を休んで収入が減ってしまった際に、被保険者とその家族の生活を少しでも安定させることを目的としています。
支給される金額は、直近の給与の約3分の2に相当する額とされており、支給期間には上限があり、最長で1年6か月までと決められています。
精神疾患も労災認定される
仕事中や通勤途中に発生したけがや病気については、労災保険の対象となり、給付が受けられます。精神疾患も例外ではなく、うつ病などの精神障がいが労災として認められれば、補償の対象になります。一方で、傷病手当金は仕事以外の病気やけがに対して支給される制度であり、業務に起因する症状については、基本的に労災保険が適用されます。
精神疾患に関しては、厚生労働省が「心理的負荷による精神障害の認定基準」を設けており、労災として認定されるかどうかは、この基準に基づいて判断されます。評価項目は大きく分けて3つあり、①業務による心理的負荷、②業務以外の心理的負荷、③個体側の要因(性格や既往歴など)が、発病にどれほど影響しているかを医学的観点から分析します。
リワークプログラムなど
休職中は生活リズムが乱れやすく、昼夜逆転の生活になることもあります。このような生活リズムの乱れは回復の妨げになりやすいため、できるだけ一定の時間に起きて、軽い散歩などを取り入れた無理のない生活習慣を心がけることが推奨されます。
治療は主治医の指示に従って進め、必要であればカウンセリングも併用します。職場や上司とのやりとりについても、産業医や人事担当者を通して連絡を取ることで、復帰に向けた準備を段階的に進めやすくなります。休職期間は「療養のための時間」と捉え、焦らず心と体の回復を第一に過ごすことが大切です。
リワークプログラムとは、精神的な不調などで休職した方が職場復帰に向けて段階的に取り組む支援プログラムです。医療機関や地域の支援機関などで実施されており、生活リズムの再構築、ストレス対処法の習得、グループワークによる対人関係スキルの向上などが主な内容です。プログラムには週数回の通所形式が多く、就労に近い形で一日を過ごすことによって、仕事のリズムや集中力を少しずつ取り戻すことが目的です。医師や臨床心理士、作業療法士などの専門職がサポートし、必要に応じて職場との連携も図られます。復職がゴールではなく、職場で安定して働き続けるための準備期間とされており、無理なく段階的に職場環境へ戻っていくための橋渡し役を担います。
管理監督者の役割
職場の精神保健福祉において、管理監督者は大切な役割を担っています。
まずは、日常の中で部下の様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じた変化を見逃さないことが第一歩です。たとえば、表情が暗い、遅刻や欠勤が続く、ミスが増えた、話しかけても反応が鈍い…そういった小さなサインを見落とさないことが大切です。そして、部下から相談があった場合には、否定せず、焦らず、ていねいに話を聞く姿勢が求められます。
話を聞くときに役立つ手法として、「動機づけ面接法」があります。
これは、①相手の話した内容を質問で深掘りし、②肯定的なフィードバックを加え、③聞き返しながら相手の気持ちを確認し、④要点をまとめて返す、という4つのステップで構成されています。この方法を用いることで、部下の気持ちに寄り添いながら、前向きな変化を引き出しやすくなります。
また、部下の様子に「これは専門家の助けが必要かもしれない」と感じたら、ためらわずに産業保健スタッフにつなぐ判断が必要です。本人が産業医への相談をためらっている場合には、管理監督者自身が代わりに相談に行くことも有効です。その際には、「上司として自分が相談してみようと思うけれど、どうかな?」と、部下に一言確認しておくことが大切です。
職場復帰プログラム
職場の精神保健福祉において、復職プログラムは大切な支援のひとつです。長期休職を経て職場に戻ろうとする従業員は、不安や期待が入り混じった状態にあります。そうした気持ちにていねいに寄り添いながら、無理のない形でスムーズな復帰をサポートすることが求められます。復職までの流れは事業所によって多少異なりますが、一般的なプロセスとしては以下のようになります。
まず、本人の回復状況を確認するために、主治医による復職可能の診断書を提出してもらいます。それを受けて、産業医が職場復帰の可否について意見を述べ、最終的には産業医の意見をもとに、産業保健スタッフや管理監督者ら関係者が協議して復職の可否を判断します。
復職が認められた場合には、復帰後の負担を軽減するための復職支援プランを作成します。プランには、短時間勤務や軽作業からスタートするなどの配慮が含まれることもあります。復帰前に「試し出社」を実施し、実際の業務環境に少しずつ慣れてもらう取り組みが行われることもあります。試し出社の結果や本人の様子を見ながら、支援プランを随時見直し、本格的な復職に備えます。
このように、職場復帰は単なる出社再開ではなく、段階的に心身の負担を減らしながら、本人が安心して働ける環境を整えていく過程です。職場全体で理解し、協力しながら支えていく姿勢が欠かせません。
障がい者雇用枠での就業
企業に義務づける障がい者の法定雇用率は2026年度は2.7%に引き上げらます。企業が障がい者を雇用することで、さまざまなメリットも期待できます。たとえば、障がい者雇用を通じて社会的責任を果たすことで、企業のブランドイメージ向上につながるほか、多様性のある職場が生まれ、人手不足の対策や組織の柔軟性強化にもつながります。
さらに、障がい者が安心して働ける環境を整える過程では、業務フローの見直しが必要になることもありますが、これは従業員全体にとっても業務の見える化や効率化を進めるチャンスになります。従来の属人的なやり方から脱却し、誰にとっても理解しやすく無駄のない業務設計に改善できれば、職場全体の生産性向上にもつながるでしょう。
あわせて、障がい者を継続的に雇用した企業には「特定求職者雇用開発助成金」などの制度も用意されています。
監修:山本 久美(株式会社HRデ―タラボ 公認心理師)
![]() 大手技術者派遣グループの人事部門でマネジメントに携わる中、社内のメンタルヘルス体制の構築をはじめ復職支援やセクハラ相談窓口としての実務を永年経験。現在は公認心理師として、ストレスチェックのコンサルタントを中心に、働く人を対象とした対面・Webやメールなどによるカウンセリングを行っている。産業保健領域が専門。 > ストレスチェッカー |
まとめ
職場で心身の健康を保つうえで「精神保健福祉」は欠かせません。たとえば、労働者のストレス状況を把握するための「ストレスチェック制度」や、社員の悩みをサポートする「EAP(従業員支援プログラム)」があります。
また、ストレスチェックは、今後すべての企業で義務化されます。仕事をきっかけに心の不調を抱えるケースが増えていることを受け、これまで対象外だった従業員50人未満の小規模事業所にも実施を広げ、職場環境の見直しや改善につなげていく方針です。
「ストレスチェッカー」は、官公庁や大企業、大学、病院など幅広い組織で導入されている、日本最大級のストレスチェックツールです。
ストレスチェックは今後すべての事業所で義務化されます。無料プランもご用意しています。まずはお気軽にご相談ください。