
退却神経症とは、ストレスや挫折、強いプレッシャーを受けたことがきっかけで、社会的な活動や対人関係から距離を置いてしまう精神的な状態を指します。主に職場や学校、人間関係における失敗やプレッシャーが原因となり、自己防衛のために引きこもるような行動をとるのが特徴です。一般的な神経症と異なり、うつ病ほどの抑うつ症状は見られないものの、外部との接触を避ける傾向が強くなります。
目次
退却神経症とは
退却神経症とは、元来完全主義者だった優等生タイプの人が、入社後10年頃に発症することが多い病態です。
仕事などに対して漠然とした不安感を持っていて、無気力や無関心の状態に陥ってしまい、無理やり本業に向かおうとすると不安感を覚えてしまいます。
眠いわけではないのに朝起きにくくなり、会社に向かおうと駅に向かっても、なぜかつい反対側の電車に乗ってしまったり、言い訳を思いつけず会社に連絡を怠ったり、結果として夕方まで図書館などで時間をつぶすしかなくなる…といった状態です。本人は、どうしてこのような行動をとってしまうか自分でも分からず、いつまでも心が仕事の方へ向かない状態が続いてしまいます。
(1)退却神経症の典型的な特徴5つ
退却神経症には、以下のような特徴的な症状が見られます。
①無気力、無関心な状態になってしまい、自分から積極的に助けを求めることができません。
②無気力ではないのに、本業に対してだけ退却してしまいます。
③第三者によって無理やり本業に参加させられると、強い不安感を感じます。
④本業から離れると、不安感を感じなくなります。この点が不安神経症や強迫神経症と異なります。不安神経症や強迫神経症は、いつでも不安感から開放されることはありませんが、退却神経症は、不安感を感じる本業から退却すると、不安感が消え去ります。
⑤本業から退却することで周囲に迷惑をかけているのに、本人はそれほど気にしていないように見られます。「どうにかしなければ」という悩みや焦りを、あまり感じなくなってしまっています。
(2)退却神経症になりやすい性格
退却神経症になりやすい人の多くは、完璧主義で几帳面な性格を持っています。真面目で責任感が強い一方、人から拒絶されたり否定されたりすることに対して過敏に反応してしまう傾向があります。そのため、自分の些細なミスすら許すことができず、理想の自分像とのズレに強いストレスを感じやすいのです。努力を怠らず常に高い目標を掲げているからこそ、現実とのギャップが大きな心理的負担となり、次第に自信を失い、行動することそのものにブレーキがかかってしまいます。
(3)退却神経症とうつ病の類似性
退却神経症とうつ病は似た症状を持ちますが、実は決定的な違いがあります。
うつ病では、エネルギーの極端な低下や強い抑うつ感、自殺願望などが顕著で、日常生活にも大きな支障をきたします。
一方で退却神経症では、置かれている環境や対人関係が引き金となって症状が出ることが多く、環境を変えたり、適切なサポートを受けたり、正しい理解を得たりすることで回復する可能性があります。
うつ病の人は「何をしても楽しくない」「生きる意味がない」と感じやすいですが、退却神経症の人は、本業では不安感が強くても、興味の対象が変わると、まるで嘘のように不安が消えるという特徴があります。
たとえば、本業では緊張で手が震えるような人でも、趣味や別の活動では堂々とふるまえることがあります。
(4)退却神経症と職場環境の関連性
厳しいノルマが課される営業職や、ミスが許されない医療現場、高いパフォーマンスを求められる専門職では、失敗や評価の低下が強いストレスとなりやすく、そのストレスに耐えられなくなったときに「もう無理だ」と感じ、退却するケースが増えます。
また、職場の人間関係も大きな要因です。人に拒否されることに対して過度に敏感であることから、上司からの些細な叱責、同僚との対立など、対人関係のストレスが積み重なることで、職場に行くことが難しくなり、次第に仕事から退いてしまうことがあります。ストレスが限界に達したときに突然退職や長期休職に至ることもあります。
(5)退却神経症の一般的な治療法
退却神経症は、過去の体験や性格傾向、ストレスなどが複雑に絡み合って発症するとされています。治療の中心となるのは認知行動療法(CBT)で、不安を引き起こす考え方や行動パターンを見直し、現実的で柔軟な思考へと切り替えることを目指します。具体的には、「不安のもと」となる状況を段階的に経験しながら、回避せずに対応していく段階的曝露療法((エクスポージャー療法))が効果的です。また、思考のゆがみや誤解に気づき、それに対処する認知再構成法も用いられます。
必要に応じて、抗不安薬や抗うつ薬などの薬物療法が併用されることもありますが、あくまで補助的な位置づけです。
さらに、本人の治療意欲を高めるための精神教育や、家族や周囲の理解・支援も非常に大切です。安心できる環境を整え、ゆっくりと無理のないペースで治療を進めることが、回復への近道になります。
(6)退却神経症とストレスチェック
退却神経症の特徴として、無気力や本業への拒絶感、強い不安感、本業からの離脱による一時的な安心感、そして周囲への影響をあまり気にしないといった点が挙げられます。こうした症状を持つ人は、自ら助けを求めることが難しく、気づかれにくいことが問題です。
ストレスチェックは、退却神経症の早期発見や予防のために有効な手段となります。しかし、一般的なストレスチェックは退却神経症の特徴である「本業以外には無気力ではない」という点が見落とされる可能性があります。そのため、退却神経症の兆候を捉えるには「仕事に対する興味関心が低下しているか」「業務に対する回避傾向があるか」といった点も注意するべきです。
また、本人が問題を自覚しにくいため、同僚や上司の評価を参考にするしくみを導入するのも有効です。たとえば、「最近、業務に対する意欲が低下しているように見えるか」といった質問を、チーム内で相互に回答するような仕組みを検討するとよいでしょう。
(7)退却神経症と職場復帰
退却神経症の人は、強制的に仕事に復帰させられると強い不安感を覚えます。そのため、段階的に業務に慣れていくプログラムを設けることで、不安感を軽減しながら復職をサポートできます。
たとえば、リモートワークや短時間勤務の活用、業務内容の調整などが有効です。また、本人の状態に応じて業務量を少しずつ増やしたり、安心できる支援者との定期的な面談を設けたりすることで、復職後の不安を軽減できます。無理のないステップを設け、成功体験を積み重ねていくことが、再発予防にもつながります。
このような段階的なサポートを行うことで、本人が「やれるかも」と思える環境を整えることが何よりの鍵です。
まとめ
ストレスチェックを単なる「仕事のストレスを測るもの」として終わらせるのではなく、退却神経症の兆候を捉えるための工夫を加えることで、より効果的な活用が可能になります。本業に対する興味の低下や回避傾向、業務復帰時の不安感などに注目し、早期発見・対策に繋げることが重要です。さらに、チェック結果をもとに本人の特性や過去の職場経験などを丁寧に振り返る時間を設けることで、より個別性の高いケアや支援策の立案にもつながっていきます。こうした視点を加えることで、ストレスチェックは単なるスクリーニングツールではなく、メンタルヘルスの継続的な支援ツールとして活用できるようになります。
:参照記事
>ストレスチェックの高ストレス者が中間管理職に多い職場とは
監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹
【監修医師】 精神科医・日本医師会認定産業医 株式会社Medi Face代表取締役 近澤 徹 ![]() オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。 |