情報通信業のメンタル不調(産業医監修)

情報通信業では、メンタルヘルス不調を抱える人が多く、休職や退職の割合も高い傾向にあります。
厚生労働省の労働安全衛生調査(令和5年)によると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいた事業所の割合は、情報通信業で32.4%と、全17業界で最も高くなっています。

> 令和5年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概要

メンタル不調社員が多い職場の特徴としては、次のようなことが考えられます。

月間の残業時間が80時間を越える社員が10%以上いる
達成感に乏しいクリエイティブな業務を行っている
本人以外に交代できない仕事が多い
急成長を続けており、納期やノルマに追われている

情報通信業界でメンタル不調が多いのはなぜ?

情報通信業界においては、他業種と比較すると、情報通信業界は技術の進化が非常に速いため、わずか数年前の知識や技術が陳腐化してしまうことが少なくありません。このため業界で働く人々は、常に新しい技術を学び続けなければならず、その負担が大きくなっていることが考えられます。若い頃は、学びがやりがいにつながり、新しい技術を習得してシステムを動かすことが、楽しさや充実感に直結することもあります。しかし、年齢を重ねるとともに、知識や技術の吸収力が低下していくため、新しい技術を次々と学ぶことに対しての負担感が増してきます。さらに、年齢やキャリアの進行とともに、業務内容も技術的な開発業務から、コミュニケーションやマネジメント系の業務にシフトしていくことが一般的です。

その結果、最先端技術を駆使したシステム開発からは徐々に遠ざかり、保守、管理、運用などの業務に携わることが多くなります。また、技術者としての仕事を志してこの業界に入った人が多いことから、技術的な成長やチャレンジを求めていたにもかかわらず、管理業務や営業に携わることになると、業務内容とのギャップによりモチベーションが低下しやすくなります。
特に、営業などに配属されることになると、技術的なスキルを活かす場面が少なくなり、自分のキャリアの方向性に不安を感じる人も少なくありません。こうした業務内容の変化に対応できずにストレスを感じる人が増えていることが、メンタルヘルス不調の一因である可能性があります。

(1)評価につながりにくい

「システムは、トラブルがないのが当たり前」という考え方が一般的なため、システムが正常に稼働している間は、その業務がいかに複雑で重要であるかを認識されることが少なく、感謝されることもほとんどありません。しかし、ひとたびトラブルが発生すると、技術者は即座に対応を求められ、オンコールで呼び出されることもあります。
迅速かつ正確に問題を解決することが求められる一方で、ユーザーや顧客からは感謝の言葉を受けるどころか、叱責や不満を向けられることが多くなります。このような評価の不均衡も、技術者にとっては大きなストレス要因となっています。

(2)周囲からの支援が少ない

情報通信業界におけるもうひとつの問題は、周囲からの支援が少ないという点です。ストレス緩和において、周囲からの支援は非常に重要な要素であるとされていますが、この業界では個人の能力や技術力に強く依存する傾向があるため、同僚や上司からのサポートが希薄になりがちです。また、技術的な問題が発生した際、特定の人に負担が集中することも多く、チーム全体でのサポート体制が十分に整っていないことが、メンタルヘルス不調を引き起こす原因となっている場合もあります。
特に、プロジェクトが期限に迫る中で、技術者たちがプレッシャーを抱えながら長時間働くことが常態化している現場も少なくありません。このような環境では、仕事に対する負担が蓄積し、やがて心身に影響を与えることがあります。

(3)技術の進歩が速い

技術の進歩が速いという業界特有の問題もあります。技術者たちは常に最新の技術を追いかけ、その知識をアップデートし続けることが求められますが、特にキャリア中盤以降になると、こうした技術の習得が負担となることがあります。新しい技術に追いつけないと感じることが、自己評価の低下につながり、さらなるストレスを引き起こす原因となります。また、技術が日々進化するため、学んだことがすぐに役立たなくなることも少なくなく、自己投資に対するリターンが見えづらい状況が、モチベーションの低下を招くこともあります。

(4)技術者たちが安心して働ける環境づくりが大切

前述したとおり、情報通信業界におけるメンタルヘルス不調は、技術の進歩や業務内容の変化、支援体制の不足など、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じています。このような状況を改善するためには、技術者たちが安心して働ける環境を整えることが求められます。
たとえば、技術者がキャリアの中で適切なサポートを受けられるように、メンター制度やチーム全体でのスキル共有の仕組みを整えることが重要です。また、技術者たちが日々の業務に対して適切な評価を受けることも、モチベーションの向上につながります。特に、システムがトラブルなく稼働していることが当たり前とされる現場では、正常稼働を維持している技術者たちの努力が認められるような仕組みづくりが必要です。

また、技術の習得に関しても、キャリアの段階に応じたサポートが求められます。若手技術者には、積極的に新しい技術にチャレンジできる環境を提供し、中堅技術者には、技術力を活かしたマネジメントやコミュニケーションスキルの向上をサポートするなど、個々のキャリアパスに応じた成長の機会を提供することで、業務内容の変化に対する不安やストレスを軽減することが期待できます。

(5)業務の負担を軽減するための働き方改革

業務の負担を軽減するための働き方改革も、進めるべきです。
長時間労働が常態化している現場では、働き方を見直し、適切な休息を確保することが不可欠です。オンコール体制についても、技術者一人に過度な負担がかからないように、チーム全体でのシフト制を導入するなどの工夫が求められます。技術者たちが心身ともに健康な状態で業務に取り組むことができ、結果的に業務の質も向上するでしょう。

総じて、情報通信業界におけるメンタルヘルス不調は、業界特有の技術進化の速さや業務内容の変化、周囲の支援不足などが原因となっており、これらを解決するためには、働く環境の改善や技術者たちが適切に評価される仕組みを整えることが不可欠です。技術者が安心して働ける環境を整えることで、業界全体のパフォーマンス向上にもつながるでしょう。

情報通信業界におけるストレスチェックの活用

情報通信業界においてメンタルヘルス不調が多く見られる場合には、ストレスチェック制度を効果的に活用するで、従業員の健康管理と職場環境の改善を実現することができます。長時間労働や複雑な作業が多い場合には、従業員が抱えるストレスの種類や程度を適切に把握し、対策を講じる必要があります。

(1)ストレスチェックの目的と基礎知識

まずは、ストレスチェック制度の目的を理解することが重要です。ストレスチェック制度は、労働者が抱えるストレスの状況を可視化し、メンタルヘルス不調を早期に発見することを目的とする制度です。これは、従業員が自身のストレス状態を認識し、必要に応じて早めに専門家に相談するきっかけを作るだけでなく、職場全体のストレス要因を把握し、職場環境の改善を図るための重要なツールでもあります。

特に情報通信業界では、技術的なプレッシャーや迅速な対応が求められる現場が多いため、個々のストレス要因を定量的に測定することが、従業員の健康を守るための第一歩となります。

(2)ストレスチェックの導入方法

情報通信業界では、日々の業務に追われがちで、従業員が自分のストレス状態に気づきにくいことがありますので、ぜひストレスチェックを活用したいものです。ストレスチェックを実施する際には、まず以下のような基本的な流れを整えることが大切です。

ストレスチェックの定期的な実施
労働安全衛生法では、年1回のストレスチェックが義務付けられていますが、情報通信業界のようにストレス要因が多い職場では、年2回以上の実施も検討しましょう。定期的なチェックにより、短期間でのストレス変化を把握し、従業員の状態を適切にモニタリングすることができます。

オンラインでのストレスチェックの活用
情報通信業界の多くの企業は、リモートワークやフレックスタイム制などを導入しているため、オンラインでのストレスチェックが適しています。オンラインツールを活用することで、従業員が時間や場所を問わず簡単にストレスチェックを受けられる環境を整えることができます。また、オンラインツールでは集計や分析が自動で行われるため、迅速に結果を確認し、適切な対策を講じることが可能です。

個別の結果フィードバック
ストレスチェックの結果は、個別にフィードバックされることが重要です。従業員が自分自身のストレスレベルを客観的に把握することで、必要に応じてカウンセリングや相談を受ける機会を提供します。特に、情報通信業界の技術者は自己評価が厳しい傾向があるため、専門的な視点からのフィードバックが、早期の対策やメンタルヘルスのケアにつながります。

高ストレス者への対応
ストレスチェックの結果、高ストレス者が判明した場合には、個別の対応が必要です。情報通信業界では、特に以下のような対策が有効です。

・産業医や専門カウンセラーとの連携
情報通信業界の技術者や管理者は、業務が高度で複雑な場合が多いため、専門的な視点からのアドバイスが必要です。例えば、技術的な問題に直面している場合でも、心理的な支援を受けることで対処方法が見つかることもあります。

・業務の調整や配置転換
高ストレス者が判明した場合、その原因が過度な業務負担や適性に合わない業務である可能性があります。従業員のストレスレベルを確認したうえで、業務内容の調整や一時的な配置転換を検討することが必要です。情報通信業界では、プロジェクトごとに異なる業務負担が発生するため、フレキシブルな対応が求められます。

・メンタルヘルスケアプログラムの導入
ストレスチェックの結果、高ストレス者が多く見られる場合には、職場全体でメンタルヘルスケアプログラムを導入することが効果的です。たとえば、定期的なカウンセリングセッションやストレス管理のためのワークショップを開催することで、従業員が自分自身のストレスをコントロールできるスキルを学ぶ機会を提供します。情報通信業界では、技術者が多くの時間をデスクワークに費やすため、定期的なリラクゼーションやストレス軽減のための活動が効果を発揮します。

(3)組織全体でのストレス軽減対策

ストレスチェックの結果を活用して、職場全体でストレス軽減を図ることも重要です。特に、情報通信業界では以下のような職場改善が効果的です。

チーム全体でのサポート体制の強化
情報通信業界では、個人に責任が集中しやすい環境が多いため、チーム全体でのサポート体制を強化することが求められます。
プロジェクトごとの役割分担を見直し、負担が均等になるように調整することで、個々の従業員にかかるストレスを軽減することができます。また、チームメンバー同士のコミュニケーションを活性化させ、相互のサポートを促進することが重要です。

ワークライフバランスの向上
情報通信業界では、長時間労働や不規則な勤務がストレスの一因となることが多いです。そのため、ワークライフバランスを向上させるための取り組みが必要です。リモートワークの導入やフレックスタイム制の拡充、業務効率化を図るためのツールや技術の導入が考えられます。従業員が業務の負担を減らし、私生活とのバランスを取りやすい環境を整えることで、ストレスを大幅に軽減できます。

職場環境の改善
物理的な職場環境もストレスに影響します。情報通信業界のオフィスでは、集中力を維持しやすい静かな環境やリラクゼーションスペースを設けることが効果的です。また、定期的な休憩やリフレッシュのための取り組みを導入することも、従業員のストレスを軽減することにつながります。

(4)ストレスチェック結果の分析とフィードバック

ストレスチェックの結果は、個々の従業員へのフィードバックだけでなく、職場全体のストレス状況を把握するためのデータとしても活用できます。つまり、組織全体のストレス要因を分析し、職場環境の改善に役立てることができます。

組織単位でのストレス要因の把握
ストレスチェックの結果を集計し、組織全体でのストレス要因を把握することが重要です。情報通信業界では、プロジェクトごとの負担やチーム間の業務量の違いなど、特定の要因がストレスを引き起こす可能性があります。結果をもとに、ストレスが集中している部門や業務内容を特定し、改善策を検討することができます。

フィードバックの提供
ストレスチェックの結果を分析した後は、従業員に対してフィードバックを行い、組織全体での取り組みを共有することが大切です。従業員が自分たちの声が反映されていると感じることで、職場環境の改善に対する意欲が高まります。また、フィードバックを通じて、今後のストレス対策やメンタルヘルスケアの取り組みについて従業員と共有することで、組織全体の健康維持に向けた意識が高まります。

まとめ

情報通信業界におけるメンタルヘルス不調の問題を解決するためには、ストレスチェック制度を効果的に活用することが欠かせません。定期的なチェックとフィードバック、職場環境の改善、個々の従業員への適切な対応を組み合わせることで、従業員の健康を守り、業務効率や生産性を向上させることができます。

ストレスチェックは、従業員が自分の健康状態を把握する手助けになるだけでなく、組織全体が抱える課題を明らかにし、改善に向けた一歩を踏み出すための重要なツールです。情報通信業界の特性を踏まえた適切な活用方法を取り入れることで、従業員のメンタルヘルスを守り、健全な職場環境を構築しましょう。

:参照記事
>ストレスチェックの高ストレス者が中間管理職に多い職場とは

>ストレスチェックの高ストレス者が若手に多い職場とは

監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹

【監修医師】
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役
近澤 徹

オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。

> 近澤 徹| Medi Face 医師起業家