安全配慮義務とは、職場環境が原因で労働者の生命や健康を害することがないように、会社が配慮しなければならない義務のことです。
労働者にケガや病気などの損害が生じて、会社の安全配慮義務違反が認定された場合には、会社は債務不履行責任(民法415条)や不法行為(民法709条)、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償責任を負います。
目次
安全配慮義務とは
使用者(会社など)は、労働者が職場において安全に労務に従事できる職場を整備しなければならないという義務を負っています。これを安全配慮義務といい、この義務に違反することを安全配慮義務違反といいます。
会社の経営者が安全配慮義務を負うことで、職場環境は整備され、労働者は安心して労務に従事することができます。
安全配慮義務はもともと実定法ではなく、判例の積み重ねにより認められてきたものでした。しかし、2008年(平成20年)3月1日から施行された労働契約法5条(労働者の安全への配慮)で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働ができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定され、労働契約における使用者の安全配慮義務が明文化されました。
仮に会社が労働環境の整備を怠り、労働者に病気やケガなどの損害が生じた場合には、会社は安全配慮義務違反として債務不履行責任(民法415条)や不法行為(民法709条)、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償責任を負います。
労働者は会社の経営者が労働者に対して負っている安全配慮義務の範囲を明確にして、会社の安全配慮義務違反を根拠に損害賠償請求をすることになります。
安全配慮義務については、以下の記事で詳しくご紹介しています。あわせてご覧ください。
労働契約関係にない従業員にも義務を負う
労働契約法5条(労働者の安全への配慮)では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働ができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されていますが、請負契約の注文主・元請け企業や派遣先企業は、直接の労働契約関係にない請負人や下請企業の従業員、派遣社員に対しても、信義則上、安全配慮義務を負うことになると考えられています。
※陸上自衛隊事件(最高裁 昭和50年2月25日)では、「右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上追う義務として一般的に認められるべきもの」としており、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当時者間」と評価できるようなケースにおいては、安全配慮義務を負うものとしています。
安全配慮義務違反の損害賠償額の判定
会社は安全配慮義務違反と認定された場合、相当因果関係のある損害額について過失相殺、素因減額、損益相殺等をした損害額を賠償する義務があります。損害の範囲等については、実務上交通事故の損害賠償額算定基準を参考にするのが通念です。
(1)積極損害
治療費、葬儀関係費用、弁護士費用等のうち、必要かつ相当な範囲のものが損害として認められます。葬儀関係費用については、実務上は原則として150万円程度、それを下回る場合には実際の支出額が損害として認定されることが多いです。
弁護士費用を請求できるかについては、従来使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起したケースに置いて争いがありました。
しかし、この点に関して最高裁二小(平成24年2月24日)では、「使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害と言うべきである」として、弁護士費用の請求を認めました。
※上記判例は、プレス作業に従事していた労働者がプレス機に両手を挟まれ両手の各4指を失うという事故において、使用者の安全配慮義務違反を主張した事案。
(2)休業損害
労災事故で休業したことによって実際に収入が減った場合には、労災事故日から症状固定日までの期間について、労災事故前の収入との差異が休業損害として認められるのが原則です。
対象となるのは本給・各種手当・賞与の他、皆勤手当なども対象となります。健康保険から傷病手当金が支給された場合には休業損害に充当されます(※労災保険給付等との損益相殺にて詳述)。
(3)後遺症逸失利益
後遺症逸失利益は、以下の計算式で算定します。
基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数 |
※ライプニッツ係数:将来得られる利益を現在価値になおす計算の際に使用する係数のことで、2020年民法改正によって法定利率が5%から3%に引き下げられています。
後遺症逸失利益は、労災事故前の現実の収入を基礎収入額として、労働能力喪失率については、「別表 労働能力喪失率表」(労働者労働基準局長通達昭和32年7月2日基初551号)を参考にして総合的に判断されます。
障害等級 | 額 | 障害等級 | 額 |
第1級 | 100/100 | 第8級 | 45/100 |
第2級 | 100/100 | 第9級 | 35/100 |
第3級 | 100/100 | 第10級 | 27/100 |
第4級 | 92/100 | 第11級 | 20/100 |
第5級 | 79/100 | 第12級 | 14/100 |
第6級 | 67/100 | 第13級 | 9/100 |
第7級 | 56/100 | 第14級 | 5/100 |
労働能力喪失期間の始期は症状固定日であり、終期は原則として67歳とされます。なお、後遺症逸失利益については、後述する死亡逸失利益と異なり原則として生活費は控除しません。
後遺症がなければ、1年後、2年後、3年後…とそれぞれ基礎収入額の減額分も得られるべき財産として得られたと考え、その額を年金原価計算によって現在価値に引き直して算定します。
(4)死亡逸失利益
死亡逸失利益は、生きていれば将来得られたであろう額を算定するという考え方で、生活費控除率を控除して以下の計算式で算定します。
基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数 |
生活費控除率は、その者が一家の支柱であったか、被扶養者は何名いるか、独身かなどを考慮して算定されます。
後遺症逸失利益の算定と同じく、原則として労災事故前の現実の基礎収入額とし、就労可能年数は、原則として67歳です。
(5)慰謝料
慰謝料には、死亡慰謝料、入通院慰謝料、後遺症慰謝料があります。入通院慰謝料は、入院通院期間を考慮して算定されます。後遺症慰謝料は、後遺障害の程度によって算定されます。
近年これらの慰謝料は、極めて高額になる可能性があります。
参考判例:
・O町農業協同組合事件(釧路地裁帯広支部平成21年2月2日)では、長時間労働が継続し疲弊していた労働者Bに対して厳しく叱責したところ、Bが自殺した事案に置いて死亡慰謝料として3000万円、その他の損害により合計1億398万623円の損害賠償を認定しています。
・関西K電気事件(大津地判平成30年5月24日)では、店長Aのパワハラ等が原因で従業員Bが自殺した事案で、店長Aと被告会社Kに対して連帯して110万円の支払いを命じています。
賠償すべき損害の範囲については、F生命保険ほか事件(鳥取地裁米子支部平成21年10月21日)において、従業員がストレス性うつ病を罹患し、欠勤、休業後自動退職となった事案で、勤務先及び上司の不法行為を認めた判決で「ストレス性うつ病発症まで」としています。
「不法行為との間に相当因果関係がみとめられるのは、ストレス性うつ病発症までであり、その重篤化や原告の入院、更には有給休暇では処理しきれないほどの休業や退職との間に相当因果関係を認めることは困難である。そうすると、原告主張の逸失利益については、有給休暇では処理できないほどの休業や退職を前提とするものであるから、上記不法行為と相当因果関係のある損害とは認められないし、治療費関係についても、重篤化や入院を前提にするものについては相当因果関係のある損害とは認められない。重篤化や入院を前提としない治療関係費については、相当因果関係のある損害といえるが、その額を正確に算定することはできないので、その点は慰謝料の算定において考慮することとする。」
令和二年度厚生労働省委託事業「女性就業支援バックアップナビ」
安全配慮義務違反の過失相殺・損益相殺
発生した損害について労働者に過失がある場合、労働者自身の素因(性格など)に原因がある場合には、損害賠償額が減額されることがあります(素因減額)。
また、労働者側が労災事故に起因して利益を得た場合には、損害賠償額から控除されます(損益相殺)。
(1)過失相殺・素因減額
過失相殺とは、被災した労働者側に過失がある時に、その過失の程度に応じて損害賠償額が減額されることをいいます(民法418条・722条2項)。
素因減額とは、被害者の性格など心因的要因が損害の発生または拡大に関係している場合には、損害額を公平に分担させるという損害賠償法の理念により、民法418条または722条2項の過失相殺の規定が類推適用され、損害賠償額が減額されることをいいます。
ただし、電通事件(最高裁二小平成12年3月24日)では、「会社等に雇用される労働者の性格が多様なものであることはいうまでもないことであり、労働者の性格は通常想定される範囲を外れるものでない場合には、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するにあたり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌することはできないというべきである。」としています。
つまり、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においては、労働者個人の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として、素因減額することは難しいと考えられます。
(2)労災保険給付等との損益相殺
労働者またはその相続人が労災事故に起因して、何らかの利益を得た場合に、その利益が損害の補填であることが明確な時には、損害賠償額から控除(差し引かれる)されます。
損益相殺は、前述した過失相殺・素因(寄与度)減額後の損害額から算定します(最高裁一小 昭和55年12月18日判例)。
労災保険給付がなされた場合には、使用者は同一の事由については、その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになります(労基法84条2項類推)。
障害補償年金、遺族補償年金、障害年金、遺族年金等の年金給付については、支給を受けることが確定した年金給付額の限度で損益相殺が認められます。
しかし、まだ支給を受けることが確定していない将来の年金の額については、損益相殺は認められません(最高裁大 平成5年3月24日)。ただし、支給が確定していない将来の年金の額についても、調整規定として労災保険法64条があり、使用者は、前払一時金給付の最高限度額に相当する額の限度で、損害賠償の履行をしないことができます。損害賠償の履行が猶予されている場合には、年金給付または前払い一時金給付の支給が行われた場合にその給付額の限度で、損害賠償責任を免れることができます。
なお、労災保険法の休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金は、被災労働者の療養生活の援護のために行われるものであることから、損害を補てんする性質を有していないので、損益相殺の対象とすることはできません(最高裁二小 平成8年2月23日)。
まとめ
会社は従業員を管理する立場にあると同時に、従業員が安心して健康で仕事に集中して働けるように環境を整備していく義務があり、この安全配慮義務の中には、メンタルケアといった心の健康への配慮義務も含まれています。ストレスチェック等の適切な対策を行わず、従業員の健康状態を把握する義務を怠ったと認定されれば、安全配慮義務違反に問われる可能性があります。
使用者は、ストレスチェック等職場におけるストレス対策を適切に実施し、労働者の利益が不当に侵害されないよう十分に配慮することが重要です。
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