摂食障害の原因と治療(精神科医 監修)

摂食障害には、極端に食事量を減らす「拒食症」と、一度に大量の食事を摂る「過食症」があります。
明確な生物学的原因は解明されていませんが、家族関係や友人・職場などの人間関係、社会的な環境や日常生活のストレス、過度なやせ志向や自己評価の低さなど、複数の心理的・社会的要因が複雑に影響して発症すると考えられています。
摂食障害は、体調不良や集中力低下による業務効率の低下、急な欠勤や長期休職のリスクがありますし、職場の安全やチームワークにも影響します。人事労務担当は、過重労働やストレス要因を減らす環境整備、早期の異変把握、プライバシーに配慮した面談や産業医連携など、支援体制の構築に注意を払う必要があります。

監修医師:近澤 徹
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役

摂食障害とは

摂食障害とは、身体的な病気がないにもかかわらず、食事がほとんどとれなくなったり、反対に食欲のコントロールが効かず過食してしまったりする状態です。一時的な食欲不振や食べ過ぎとは異なり、心の不調やストレス、自己評価の低さ、体型への強いこだわりなどが背景にあることが多く、心身の両面からのケアが欠かせません。

拒食症と過食症がある

摂食障害は大きく「拒食症(神経性やせ症)」と「過食症」に分類されます。拒食症では、食事量を徐々に減らし続けることで極端に体重が減少し、標準体重の85%以下になると、拒食症の診断基準を満たします。
拒食症では、身体の実際の状態と本人の認識に大きなズレが生じる「ボディイメージのゆがみ」が見られます。明らかにやせており標準体重を大きく下回っていても、本人は「まだ太っている」と感じ、さらに体重を減らそうと無理を重ねてしまいます。
過食症では、一度に非常に多くの食事を摂取し、その後に嘔吐や下剤の乱用などの代償行為が繰り返されます。また、拒食症から過食症へ移行するケースは全体の約7割あり、両者には極端なやせ願望や肥満に対する強い恐怖心が共通していることから、連続性を持つ同一の疾患と考えられています。

DCM-5による分類

アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5では、拒食症を「制限型」と「過食/排出型」に分類します。
「制限型」は食事制限や過度の運動によって体重が減少するタイプで、「過食/排出型」は過食と排出行動(嘔吐、下剤や利尿薬の乱用、浣腸など)を繰り返して体重減少を図るものです。
また、過食症は「神経性過食症」と「過食性障害」の2つに分類されます。
「神経性過食症」では過食後に嘔吐や下剤、利尿薬などを使い体重増加を防ぐため、多くは標準体重内に収まります。一方、「過食性障害」では過食を繰り返しても排出行動はなく、肥満傾向の人が多いとされます。
また、拒食や過食に分類されない行動として「チューニング」があります。食べ物を咀嚼して飲み込まず、袋や容器に吐き出す行動を繰り返すもので、これも摂食障害の一種とされています。

摂食障害になる原因

摂食障害は、単なる食生活の乱れや意志の弱さによって起こるものではなく、複数の心理的・社会的要因が複雑に絡み合って発症すると言われています。
母親との情緒的交流の不足から、自分自身の身体に適切なイメージが育まれなかったという説や、母親の過干渉の支配を嫌って、母性の発現ともいえる食事の世話を拒むという説もあります。
近年では、職場環境や仕事上のストレスが一因となるケースも少なくありません。たとえば、過度な業務量や納期プレッシャー、人間関係の摩擦、上司や同僚からの評価への過剰な意識などが長期化すると、自律神経やホルモンバランスが乱れ、食欲のコントロールに影響を及ぼします。また、接客業や営業職など見た目や体型への意識が高まりやすい職種では、「もっと痩せなければ」というプレッシャーが強まり、拒食や過食行動につながることがあります。さらに、在宅勤務による孤立感やオン・オフの切り替えの難しさも、ストレス発散の手段として過食に走る原因となることがあります。

摂食障害のリスク

食事をほとんどとらない状態が続くと、体重が極端に減少し重症化するとBMIが15未満(正常体重のBMI 18.5~24.9)になることがあります。血圧や体温の低下、月経停止、便秘、足のむくみ、皮膚の乾燥といった症状が現れます。血液検査では脱水や貧血に加え、白血球減少や肝機能異常が見られ、さらに嘔吐や下剤の乱用があると血液中の電解質バランスが崩れ、心臓の不整脈を引き起こす危険も高まります。
腎機能の低下や低血糖による意識障害が生じることもあり、最悪の場合は命を落とすこともあります。

摂食障害の治療

拒食症では、体重が標準体重の約75%未満まで低下している場合、入院による点滴や栄養補給が必要となることがあります。薬物療法としては、少量の抗うつ薬が用いられる場合もあります。食事のコントロールを目指して、認知行動療法や対人関係療法が行われることもあります。また、家族に問題が関係していると考えられる場合には、家族療法が実施され、家族に摂食障害への正しい理解と適切な対応法を学んでもらうための支援が行われます。
精神療法では、治療者が食事量や体重の増減に過度にこだわると、逆効果となるおそれがあります。摂食障害の症状はあくまで表面的なものであり、その背後には孤立感や強い不安感、自己肯定感や自尊心の低下などが隠れていることが多く、こうした心理的課題の回復が必要な場合も少なくありません。中には、拒食や過食の症状とうまく付き合いながら生活を送るという回復の形も存在します。

職場における摂食障害対策

職場での摂食障害対策としては、ストレスチェックを活用し早期に不調を把握することが重要です。管理職にはメンタルヘルス研修を行い、適切な対応力を養います。「見た目」への言及を避ける職場文化を育み、体型や外見に関する無用なプレッシャーを減らします。さらに、相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)を設置し、安心して相談できる環境を整えることで、早期支援と予防につなげるような体制も重要です。

ストレスチェックの活用

ストレスチェックは、従業員がどの程度ストレスを感じているかを把握し、メンタルヘルスの不調を未然に防ぎ、職場環境の見直しに活かすために行われる制度です。したがって、摂食障害そのものを診断することはできません。
しかし、摂食障害は拒食や過食は表面的な問題に過ぎず、その背後には孤立感、強い不安感、自己肯定感や自尊心の低下など、深い心理的要因が潜んでいることが多く見られます。
これらの要因は業務上のストレスや人間関係の摩擦によって悪化する場合もあり、そのための一つの手段として、職場におけるストレスチェックの活用が有効となることがあります。

管理職へのメンタルヘルス研修

職場における摂食障害対策では、管理職へのメンタルヘルス研修も重要な役割を果たします。管理職は日常的に部下と接し、業務指示や評価を行う立場にあるため、メンタル面の変化や不調の兆しに最も早く気づける存在です。
摂食障害は、外見や体重の変化だけでなく、疲れや集中力低下、欠勤の増加など、仕事ぶりや態度にも表れる場合があります。
こうしたサインを見逃したり、外見に直接触れる発言をしてしまったりすると、本人を追い詰め症状を悪化させるおそれがあります。
そこで、メンタルヘルス研修では、摂食障害を含む心の不調に関する基礎知識を学び、偏見を持たずに接するための姿勢や、適切な声かけの方法を身につけます。また、異変を察知した際の社内相談窓口や産業医へのつなぎ方、機密保持やプライバシーへの配慮についても理解を深めます。

「見た目」に言及しない職場文化

職場における摂食障害対策の一つとして、「見た目」に言及しない職場文化を築くことは極めて重要です。
摂食障害は、体型や体重への過度なこだわりが症状を悪化させる特徴があり、何気ない外見に関する言葉が、本人に強いストレスやプレッシャーを与える場合があります。たとえ褒め言葉であっても、「痩せたね」「太った?」といった発言は、絶対にNGです。本人の自己評価や行動に大きく影響し、拒食や過食などの症状を助長することがあります。そのため、職場全体で外見や体型に関する話題を避け、評価の基準を能力や成果、チームへの貢献など内面的な要素に置くことが大切です。
「見た目」ではなく「中身」を尊重する職場は、摂食障害の予防だけでなく、従業員が安心して働ける風通しの良い職場環境づくりにもつながります。

相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)の設置

相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)の設置も、職場における摂食障害対策として、有効です。
摂食障害は、外見や体重の変化だけではなく、心理的な要因や職場ストレスと深く関係していることが多く、本人が症状を隠そうとする傾向があります。そのため、日常の中で不調を自ら申告しやすい仕組みを整えることが重要です。また、こうした窓口やプログラムを周知し、利用しやすい雰囲気を職場全体で醸成することも大切です。

    監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹

    精神科医 近澤徹氏

    【監修医師】
    精神科医・日本医師会認定産業医
    株式会社Medi Face代表取締役・近澤 徹

    オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。


    > 近澤 徹 | Medi Face 医師起業家(Twitter)

    まとめ

    職場における摂食障害対策では、従業員の不調を早期に察知することが重要であり、その対策としてストレスチェックの活用が有効です。
    ストレスチェッカーでは、無料プランおよびWEB代行プランでも「プレゼンティーイズム(体調や心理的負荷による生産性低下)」の測定が可能になります。本人が自覚していない疲労感や意欲低下を数値として可視化でき、症状が深刻化する前に介入するきっかけが得られます。また、部署ごとのストレス傾向や、不調の原因となりやすい要因を把握できるため、職場全体のリスク分析にも活用できます。ストレスチェックを単なる形式的な実施に終わらせず、分析結果をもとに実効性のある対策を講じる体制づくりこそが、摂食障害を含むメンタル不調の予防・早期支援の第一歩となります。


      :参照記事
      >社交不安障害の症状を精神科医が解説

      >燃え尽き症候群とは?精神科医が解説