
近年、「無敵の人」という言葉がニュースやSNSで使われる機会が増えています。一方で、この言葉は強く曖昧な印象を持つため、使い方を誤ると問題の本質を見失いかねません。本来注目すべきなのは、突発的なトラブルや重大なリスクが、どのような環境やストレス状況の中で生じるのかという点です。
この記事では、「無敵の人」という言葉そのものに振り回されるのではなく、企業の担当者や経営者が職場でできる現実的な予防策として、ストレスチェックの活用や日常的な気づきの重要性を整理します。
監修医師:近澤 徹
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役
目次
無敵の人とは(なぜ注目されているのか)
「無敵の人」とは、社会的なつながりや失うものがないと感じ、強い孤立感や絶望感の中で「何をしても構わない」という心理状態に陥っている人を指す、主にインターネット上で使われる表現です。多くの場合、長期的なストレスや支援の欠如が重なり、自暴自棄や攻撃性が強まった状態として語られます。
職場においても、突発的なトラブルや極端な言動として表面化するケースがありますが、安易にラベル化すると本質的な課題を見誤りかねません。重要なのは、問題行動そのものではなく、背景にある変化やサインに早く気づき、適切な関わり方を取ることです。
無敵の人と表現してしまうことのリスク
「無敵の人」という言葉は、Wikipediaでも「インターネットスラング」と説明されているように、学術的に定義された専門用語ではなく、匿名の人々によって意味が付け加えられ、変化し続けてきた言葉です。
そして、一般社団法人「日本心理臨床学会」では、「無敵の人」というような言葉を用いることを、一度立ち止まって慎重に考えてみる姿勢を持っておくべきと警鐘を鳴らしています。
参考:一般社団法人「日本心理臨床学会」/「無敵の人」と表現してしまうことのリスク
社会の空気感を端的に表す便利さがある一方で、文脈を離れて使われると、本来想定されていなかったニュアンスを帯びやすいという特性もあります。
たとえば「メンヘラ」という言葉が、当初は当事者の自己表現として使われていたものの、次第に揶揄や嘲笑を含む表現へと変化していったように、「無敵の人」という言葉も、個人の背景や置かれてきた状況を切り落としたラベルとして消費されてしまう可能性があります。特定の言葉で人を一括りにすると、個々の事情や心理状態への理解が後回しになり、「自分たちとは異なる存在」として固定化してしまう恐れも否定できません。
一方で、言葉が浸透することで問題が可視化される側面があるのも事実です。職場などの実務の場面では、この表現を安易に用いるは適切ではありませんが、この記事ではあくまで状況理解のための便宜的な言葉として慎重に扱い、本人の状態や環境要因に目を向けつつ、対策についてご紹介していきます。
無敵の人が生まれる心理状態
「無敵の人」と呼ばれる状態は、特定の性格や資質によって突然生まれるものではなく、長期間にわたる心理的負荷の蓄積によって形成されるケースが多いと考えられています。
仕事上の評価不安、将来への見通しのなさ、人間関係の孤立、努力が報われない感覚などが重なることで、「これ以上失うものはない」「どうなっても構わない」という思考に傾きやすくなります。
職場においては、過度な責任の集中や役割の曖昧さ、相談できない風土などが引き金となり、ストレスを内在化させやすい環境が生まれがちです。その結果、自分の価値を極端に低く評価したり、社会や組織から切り離された感覚を強めたりすることがあります。こうした心理状態が進行すると、衝動的な言動や極端な判断につながるリスクが高まります。
重要なのは、表に出た行動だけを見るのではなく、その背景にある心理的プロセスを理解することです。
無敵状態につながるリスク要因
無敵状態につながるリスク要因は、職場だけで完結するものではなく家庭環境とも相互に影響し合って生じることが少なくありません。
職場においては、慢性的な長時間労働や過度な業務負荷、評価や役割が不明確な状態、努力が正当に報われない経験が続くことで、強い無力感や諦めの感情が蓄積しやすくなります。相談できる上司や同僚がいない、弱さを見せにくい風土、ハラスメントが放置されている環境も、心理的な孤立を深める要因です。
一方、家庭環境では、経済的不安、介護や育児の負担、家庭内での孤立や葛藤などが重なることで、心身を回復させる「逃げ場」が失われやすくなります。本来、家庭は安心できる場所であるはずですが、そこでも緊張や責任を抱え続けると、ストレスが慢性化しやすくなります。
こうした職場と家庭の双方で負荷が重なると、視野が狭まり、「失うものがない」と感じる心理状態に近づきやすくなります。
職場における無敵の人の事例
職場において「無敵の人」と表現されがちなケースは、たとえば、評価への強い不満や人事異動への納得感の欠如が続き、周囲とのコミュニケーションを避けるようになった結果、指示への反発や極端な言動として表れる場合があります。また、業務上の失敗や人間関係のトラブルをきっかけに「どうなっても構わない」といった投げやりな姿勢が強まり、規律違反やハラスメントに近い言動が目立つこともあります。
さらに、非正規雇用や長時間労働、役割の曖昧さなどが重なり、「努力しても報われない」という感覚を抱え続けた結果、周囲への配慮が極端に低下するケースも見られます。
職場での関わり方と避けたい対応
職場で「無敵の人」と表現されがちな状態にある人と関わる際は、問題行動そのものに即座に反応するのではなく、背景にある心理的・環境的要因に目を向ける姿勢が重要です。
まず大切なのは、感情的に対立しないことです。頭ごなしの叱責や一方的な指示は、不信感や孤立感を強め、状況を悪化させる恐れがあります。また、「扱いづらい人」「危険な人」といったレッテル貼りは避け、本人を排除するような対応にならないよう注意が必要です。
一方で、過度な放置や見て見ぬふりも避けるべきです。小さな違和感や変化の段階で声をかけ、業務負荷や人間関係、評価への不満などをていねいに聞き取ることで、深刻化を防げる場合があります。
また、産業医や人事、外部相談窓口と連携し、個人に抱え込ませない体制を整えることも必須です。重要なのは、問題を「個人の資質」に帰属させるのではなく、職場全体の安全と健康を守る視点で、冷静かつ継続的に関わることです。
ストレスチェックの活用
職場におけるリスクの予防には、ストレスチェックの適切な活用が欠かせません。ストレスチェックは、本人が自覚しにくい心身の負荷や「危険ライン」を可視化し、不調が深刻化する前に気づくための制度です。
そして、結果を個人の問題として扱うのではなく組織として予防に取り組む視点を持つことが大切です。高ストレス者への対応だけでなく、集団分析を通じて職場環境そのものを見直すことで、リスクは大きく軽減できます。また、産業医面談や社内外の相談窓口と連携し、必要に応じて業務調整や職場改善につなげることで、「早めに支える」体制を制度として機能させることも重要です。
ストレスチェックで危険ラインを可視化する意味
職場において強い孤立感や不公平感、将来への絶望感が積み重なると、本人の中で「失うものがない」という心理状態に近づいていくことがあります。いわゆる「無敵の人」と呼ばれる状態も、突発的に生まれるのではなく、こうしたストレスの蓄積過程の延長線上にあると考えられます。
しかし本人はこのような心理状態を自覚しにくく、周囲も表面上の態度や業績だけを見ていると、危険なサインを見逃しがちです。
ストレスチェックは、主観や印象に左右されず、心身の負荷を数値として示すことで、まず本人が「自身のメンタル状態」を気づくことが期待できます。
危険ラインが明確になることで、産業医面談や相談窓口への接続がしやすくなり、問題が表面化する前の段階で支援につなぐことが可能になります。
また、集団分析を通じて業務量や人間関係、評価制度などの構造的要因を見直すことで、追い詰められる人を生まない職場づくりにつながります。ストレスチェックによる可視化は、極端な状態に陥る人を責めるためではなく、そうなる前に制度として支えるための予防策だと言えるでしょう。
個人責任ではなく制度で予防するという考え方
ストレスチェックを活用するうえで重要なのは、心身の不調やリスクを「個人の問題」「本人の性格や努力不足」として片付けず、制度として予防するという視点です。
たとえば、業務量が慢性的に過多で上司に相談しても改善されず、周囲との関係も希薄な状態が続いた従業員が、ある日突然強い攻撃性や投げやりな言動を見せることがあります。この段階で本人を責めても、問題は解決しません。
ストレスチェックは、本人の自覚や声に頼らず、客観的に負荷を可視化できる点に意味があります。高ストレス者の抽出や集団分析を通じて、部署単位の業務設計やマネジメントの課題に目を向けることで、「追い詰められる人を生まない仕組み」を整えることができます。個人の責任論に陥らず、制度として支える姿勢こそが、深刻な事態を未然に防ぐ現実的な対策と言えるでしょう。
相談窓口・面談・職場改善との連携
ストレスチェックを有効に機能させるためには、結果を出すこと自体が目的ではなく、相談窓口・面談・職場改善といった具体的な支援につなげることが不可欠です。いわゆる無敵の人と呼ばれる状態に至る背景には、「誰にも相談できない」「声を上げても変わらない」という経験の積み重ねがあることが少なくありません。
たとえば高ストレス判定が出ていたにもかかわらず、面談が形式的に終わり、その後のフォローもなかった従業員が、次第に周囲との関係を断ち、強い不信感や攻撃的な言動を示すようになるケースがあります。
この段階では、すでに本人も支援を拒む姿勢を見せがちですが、だからこそ、早い段階で安心して相談できる窓口を明確にし、産業医や人事との面談を通じて状況を丁寧に整理することが重要です。また、個人対応にとどまらず、業務量や役割分担、上司の関わり方など職場環境そのものを見直す視点も欠かせません。ストレスチェックを起点に、点ではなく線・面で支援を連動させることが、深刻な孤立や極端な状態を防ぐ現実的な対策となります。
ストレスチェッカーとは
「ストレスチェッカー」は、官公庁・上場企業・大学・医療機関などで利用されている国内最大級のストレスチェックツールです。
未受検者への自動リマインドや進捗確認、医師面接希望者の管理など、現場で必要な機能を標準搭載しているのはもちろん、2025年5月からは無料プランやWEB代行プランでも、体調不良や心理的負担による生産性低下「プレゼンティーイズム」の測定が可能です。
ストレスチェックは、これまで努力義務とされていた労働者数50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施が義務化されることとなりました。
ストレスチェックは、自分の心身の状態を客観的に把握するための制度です。数値として現れる結果は、「休んだほうがいいサイン」に気づくヒントになり、必要に応じて休息や相談を取り入れることで、重い不調や長期休職を防ぐことができます。
監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹
【監修医師】
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役・近澤 徹
オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。
まとめ
ストレスチェックは、従業員のストレス状態を把握し、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的とした制度です。現在は従業員50人以上の事業場で義務化されていますが、今後は50人未満の企業にも対象が拡大される予定です。
いわゆる「無敵の人」という強い孤立感や無力感は、個人の性格ではなく、長期的なストレスや支援の不足、環境要因が重なって生じることが少なくありません。だからこそ、問題を個人責任に押し付けるのではなく、ストレスチェックを活用してリスクを早期に可視化し、産業医や相談窓口、面談、職場改善と連携した「制度としての予防」が重要です。
ストレスチェッカーは、官公庁・上場企業・医療機関などで採用されている国内最大級のストレスチェックツールです。自動リマインド、面接指導者管理、進捗確認機能を標準搭載し、2025年5月からは無料プランでも「プレゼンティーイズム(生産性低下)」の測定に対応しております。
導入方法や実施方法など、お気軽にお問合せください。
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