
近年、日本でも「静かな退職」という言葉が注目されています。退職するわけではなく、最低限の業務だけをこなす状態が続き、昇進や挑戦への意欲が薄れてしまう現象です。一見、問題が表に出にくいため放置されがちですが、組織の生産性やモチベーション低下、離職リスクの増加につながる可能性があります。
この記事では、静かな退職が起きる背景や兆候、企業が取るべき対策、ストレスチェックの活用方法について整理し、組織として向き合うべきポイントを解説します。
監修医師:近澤 徹
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役
目次
静かな退職とは?
静かな退職とは、仕事を辞めるわけではなく必要最低限の業務だけをこなし、それ以上の成果や昇進を目指さなくなる状態を指します。これまで一般的だった「成長」や「評価」を前提とした働き方とは対照的で、仕事への関心や主体性が徐々に薄れていくことという特徴があります。
なお、静かな退職は突然離職につながる「サイレント退職」とは異なり、目立つ行動がない分、企業側が気づきにくい点にリスクがあります。
必要最低限以上の業務はしない
静かな退職の特徴として挙げられるのが、「必要最低限以上の業務はしない」という行動面の変化です。外見上は問題なく勤務しているため、周囲からは「特に困っていない」「落ち着いている」と見えることもあります。
しかし、この状態が続くとチーム全体の雰囲気や生産性、エンゲージメントの低下につながり、業務の停滞や離職リスクの高まりに発展する可能性があります。
静かな退職は、目に見える問題行動が起きてから気づくのではなく、日々の小さな変化として表れるため、早期に兆候を把握し、適切な対話やストレス要因の把握を進めることが重要です。
従来型キャリア観とは対照的
静かな退職は、従来の「昇進や評価を目指して努力する」という働き方とは大きく異なります。これまで多くの企業では、責任ある業務を任されることや昇格、役割拡大が「成長」とされ、それに伴う残業や追加タスクも前向きに受け止める文化がありました。
しかし静かな退職では、個人の価値観が「キャリア優先」ではなく「生活・健康・私生活の優先」へとシフトしています。
たとえば、「役職が上がっても給与が変わらない」「責任だけが増える」と感じた従業員が、リーダー職やプロジェクト担当への打診を断るケースがあります。
あるいは、「残業して評価されるより、定時後の時間を趣味や休息に使いたい」と考える従業員が増え、同僚の欠員補填や管理職サポートを積極的に引き受けなくなることもあります。この傾向は怠慢と言い切れるものではなく、働き方に対する価値観の変化の表れともいえます。
静かな退職とサイレント退職の違い
静かな退職と似た言葉として「サイレント退職」がありますが、静かな退職は在籍したまま業務量や関与度を最小限に抑える状態であり、企業側から見ると“働いているが力を発揮していない”状況です。
一方でサイレント退職は、ほとんど兆候を見せず突然退職するケースを指し、引き継ぎ不足や採用コストの増加など大きな負担を伴います。
| 比較項目 | 静かな退職 | サイレント退職 |
|---|---|---|
| 状態 | 在籍し続ける | 退職する |
| 兆候 | 少しずつ働き方が変化 | 前触れなく突然 |
| リスク | 生産性低下・雰囲気悪化 | 採用コスト・引き継ぎ不足 |
静かな退職は表面化しにくく、「気づいた時にはチーム全体の士気が下がっていた」という事例も少なくありません。サイレント退職へ移行する前段階で発見できるかどうかが、離職防止における重要なポイントです。
静かな退職の兆候
静かな退職にはいくつかの兆候があります。たとえば、会議で発言しなくなる、追加業務や新しい役割を避けるなど、行動面に現れるサインが増えていきます。本人は退職を考えていなくても、仕事への期待や関心が薄れ、心理的に距離を置く状態が進行していきます。この状態が長期化すると、チーム内の協力体制が弱まり、生産性の低下やコミュニケーション不足など、組織全体に影響が及ぶ可能性があります。
行動に表れるサイン
静かな退職は突然始まるわけではなく、日々の行動の変化として現れる点が特徴です。まず見られるサインとして、会議で意見を言わなくなる、積極的に手を挙げなくなる、必要最低限の業務以外は断るなど、行動量や姿勢に小さな変化が表れます。
また、かつては自主的に業務改善や提案を行っていた人が、周囲に合わせるだけの受け身の働き方に変わることもあります。さらに、社内イベントや勉強会を避ける、返信が遅くなる、業務範囲の拡大や責任ある仕事を引き受けようとしないなど、徐々に関与度が低下していきます。
心理的離脱の進行
静かな退職は、行動だけでなく心理面にも変化が現れます。心理的離脱が進行すると、仕事への関心や期待が徐々に薄れ、「どうせ変わらない」「努力しても評価されない」といった諦めや距離感が生まれていきます。
内面では仕事への意味づけやモチベーションが低下し、成果や改善よりも「負担を増やさないこと」が優先されるようになります。
また、前触れとして、同僚との雑談や相談が減る、会社や制度への不満を口にしなくなる、感情の起伏が減るなど、コミュニケーションの質が変化するケースもあります。心理的離脱は一気に起きるものではなく、違和感や不満、疲労が積み重なった結果として進みます。
組織に起こる影響
静かな退職の影響は組織全体に広がります。まず、チーム内で業務量の偏りが生じ、積極的に動く人に負担が集中しやすくなります。
たとえば、ある従業員が追加業務をすべて断るようになれば、周囲が引き受け続け、結果的に不公平感や不満が高まります。また、改善提案や議論が生まれにくくなることで、職場に停滞感が生じ、新しい挑戦やアイデアが出にくい環境になることもあります。
さらに、静かな退職が複数人同時に進行すると、「やっても評価されない」「無理をしないほうが得」という空気が共有され、職場文化そのものに影響を与えます。この状態が続くと、エンゲージメント低下や離職予備軍の増加につながり、人材育成や採用にかかるコストが大きくなる可能性があります。
静かな退職の背景にある要因
静かな退職の背景には、複数の要因があります。たとえば、成果と評価が結びつかない仕組みへの疑念や、不十分なコミュニケーション、指示中心の管理手法が働きがいを奪うことがあります。また、意見を言いづらい雰囲気やミスを許容しない文化も心理的安全性を低下させます。さらに、昇進やキャリアの見通しが持てない状況が続くと、「努力しても変わらない」という感覚が生まれ、仕事への期待や責任感が薄れていきます。
評価制度への疑念
静かな退職の背景としてよく挙げられるのが、評価制度への疑念です。
たとえば、努力や成果が正当に評価されないと感じる状況が続くと、「頑張っても報われない」「評価は一部の人に偏っている」といった不公平感が生まれます。また、基準があいまいなまま評価が行われる場合、従業員は自分の行動がどのように評価と結びついているのか分からず、働きがいや成長意欲が低下していきます。さらに、評価が給与や昇進につながらない環境では、責任ある仕事を引き受けることや挑戦に魅力を感じにくくなり、結果として必要最低限の業務だけを行う働き方へ移行することがあります。
管理手法・コミュニケーションの問題
静かな退職には、管理手法やコミュニケーションの問題が大きく影響します。トップダウン型で指示が一方的に伝えられる職場や、評価や意図が言葉で共有されない環境では、従業員は自分の役割や期待値を理解できず、徐々に仕事への主体性を失っていきます。また、意見を述べても否定される、改善提案が活かされないといった経験が重なると、「言っても意味がない」という感覚が生まれ、組織への関与度が低下します。さらに、ミスを責める風土や、発言が批判の対象になる文化があると心理的安全性が損なわれ、従業員は挑戦よりも“失敗しないための行動”を優先するようになります。その結果、業務は成立していても、内面では距離が生まれ、自発的な動きが減り、静かな退職へとつながっていきます。
心理的安全性の欠如
心理的安全性の欠如は、静かな退職を引き起こす代表的な要因のひとつです。心理的安全性とは、チームの中で自分の意見や感情を率直に伝えても、否定されたり罰せられたりしないと安心して感じられる状態を指します。
しかし、この安心感がない職場では、従業員は「余計なことは言わない」「目立たず波風を立てない」という選択をするようになり、組織への関与が徐々に弱まります。
また、相談しても解決されない、課題が放置される環境では、「改善する意味がない」という学習性無力感が生まれ、業務への意欲や期待が低下します。
キャリア停滞と将来不安
キャリアの停滞感や将来への不安も、静かな退職につながる大きな要因です。たとえば、昇進や役割拡大の機会が限定的で、自身の将来像が見えない状態が続くと、「今のままでいい」「努力しても変わらない」という気持ちが生まれます。
また、スキルを活かせない配置や学びの機会不足、キャリアパスが明確でない状況では、モチベーションが低下しやすく、挑戦よりも現状維持を選ぶ傾向が強くなります。
さらに、働き方の価値観が多様化する中で、仕事以外の時間やライフイベントを優先したいという意識も重なり、「積極的に働く意味」を見失うケースもあります。
企業が取るべき対策
静かな退職を防ぐためには、個人の問題として捉えるのではなく、組織全体で向き合う姿勢が重要です。まず、ストレスチェックや集団分析を活用し、職場の課題やストレス要因を可視化することで、早期兆候に気づける体制づくりが有効です。また、上司と部下が定期的に意見交換できる仕組みや、フィードバックが自然に行われる文化を整えることも大切です。併せて、管理職へのマネジメント教育を行い、対話型の関わり方や心理的安全性の確保を学ぶ機会を設けることも効果的です。
ストレスチェックによる可視化
静かな退職を防ぐためには、まず現状を把握し、課題を可視化することが欠かせません。その第一歩として有効なのがストレスチェック制度です。
ストレスチェックは、従業員の心理的負担や職場環境の問題点を数値化できる仕組みであり、静かに離脱していく社員の早期発見につながります。2025年5月の法改正により、従業員50人未満の事業所でもストレスチェックの実施が義務化されます。施行日は「公布後3年以内」とされており、遅くとも2028年までには義務化される見込みです。
対象拡大により、企業規模に関係なく職場環境の把握が求められる時代になります。特に、静かな退職は声に出さず心理的距離を置くケースが多く、表面化しにくい傾向があります。そのため、本人の訴えに頼るのではなく、データに基づきストレス要因や組織課題を早期に捉えることが重要です。ストレスチェックは単なる義務ではなく、離職防止や働きやすい職場づくりの基盤となり、静かな退職を未然に防ぐ有効な手段となります。
フィードバックと対話の仕組みづくり
静かな退職を防ぐためには、従業員との対話を定期的に行い、感じている負担や不満、期待とのズレを早期に把握することが重要です。そのためには、評価や面談が「形式的な行事」にならず、双方向のフィードバックができる仕組みが欠かせません。たとえば、1on1面談を定期的に実施し、業務状況だけでなく気持ちや働き方への希望を確認することで、心理的離脱の兆候を早期に捉えることができます。また、部下が安心して意見を伝えられる雰囲気をつくるためには、管理職の聞く姿勢や受け止め方も重要で、否定せず問いかけるコミュニケーションが求められます。さらに、意見を聞くだけではなく、改善につながった内容や対応状況を共有することで、「意見は反映される」という信頼関係が築かれます。
マネジメント教育と改善
静かな退職を防ぐうえで、管理職のマネジメント力は大きな鍵を握ります。どれほど制度や仕組みを整えても、管理職の対応が不適切であれば、心理的離脱や不信感を招き、静かな退職につながる可能性があります。
そのため、管理職に対して「成果を管理する役割」だけでなく、「部下の成長や働きやすさを支援する役割」を理解してもらう教育が重要です。具体的には、傾聴力、フィードバック方法、コミュニケーション手法、心理的安全性の確保、メンタルヘルスへの理解などが求められます。
また、管理職自身がストレスを抱えやすい立場であることから、サポート体制の整備や相談できる仕組みを用意しておくことも効果的です。
制度改革と働き方調整
静かな退職を防ぐためには、人の意識や行動に働きかけるだけではなく、制度や働き方そのものを見直すことも重要です。評価制度やキャリアパスが曖昧なままでは、従業員は努力の方向性を見失い、成果と待遇が結びつかない不公平感が生まれやすくなります。そのため、役割や成果に応じた評価の透明性を高め、成長や挑戦がきちんと報われる仕組みづくりが求められます。
また、働き方においても、過剰な負担や漫然とした残業が続く環境では、モチベーションが低下し、心理的離脱が進む可能性があります。業務量の適正化や柔軟な勤務制度、休暇取得の促進など、従業員が無理なく働ける仕組みを整えることが大切です。さらに、制度を導入するだけでなく、運用状況を定期的に振り返り、改善し続ける文化を育てることが長期的な効果につながります。
ストレスチェッカーとは
「ストレスチェッカー」は、官公庁・上場企業・大学・医療機関などで利用されている国内最大級のストレスチェックツールです。
未受検者への自動リマインドや進捗確認、医師面接希望者の管理など、現場で必要な機能を標準搭載しているのはもちろん、2025年5月からは無料プランやWEB代行プランでも、体調不良や心理的負担による生産性低下「プレゼンティーイズム」の測定が可能です。
ストレスチェックは、これまで努力義務とされていた労働者数50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施が義務化されることとなりました。
静かな退職は突然起きるものではなく、働き方や意欲の低下がゆるやかに進行する現象です。放置すると、生産性の低下や離職予備軍の増加など、組織全体に影響が及ぶ可能性があります。ストレスチェックによる職場環境の可視化や、制度の見直しを進めることで、働きやすい環境を整え、静かな退職を未然に防ぐことができます。
【監修医師】 オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役・近澤 徹
まとめ
ストレスチェックは、従業員のストレス状態を把握し、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことを目的とした制度です。現在は従業員50人以上の事業場で義務化されていますが、今後は50人未満の企業にも対象が拡大される予定です。
静かな退職は突然起きるものではなく、働き方や意欲の低下がゆるやかに進行する現象です。放置すると、生産性の低下や離職予備軍の増加など組織全体に影響が及ぶ可能性があります。企業として重要なのは、個人の問題と捉えるのではなく、評価制度、コミュニケーション、働き方など組織側の要因にも目を向けることです。ストレスチェックによる職場環境の可視化や、対話の機会づくり、マネジメント改善、制度の見直しを進めることで、働きやすい環境を整え、静かな退職を未然に防ぐことができます。
ストレスチェッカーは、官公庁・上場企業・医療機関などで採用されている国内最大級のストレスチェックツールです。自動リマインド、面接指導者管理、進捗確認機能を標準搭載し、2025年5月からは無料プランでも「プレゼンティーイズム(生産性低下)」の測定に対応しております。
導入方法や実施方法など、お気軽にお問合せください。
:参照記事
>ストレスチェックサービスおすすめ22選

