精神疾患と退職勧奨~裁判例から見る課題

「精神疾患に罹患した従業員と面談したいが、どのように進めればいいか分からない」「精神疾患に罹患した従業員に退職勧奨したいが、連絡がとれない」など、精神疾患に罹患した従業員に対する対応については、悩ましい問題が多々あります。
精神疾患に罹患した従業員に対して退職勧奨を行ううえでは、後々「パワーハラスメントだ」「精神疾患の症状が悪化した」といった主張をされるリスクがありますので、十分な検討と適切な対応が大切です。

退職勧奨とは

退職勧奨とは、会社が退職をして欲しいと思う従業員に対して「退職をしてもらうための条件」を提示することをいいます。退職勧奨は会社と従業員が合意をしたうえで、従業員の意思で会社を退職することであり、労働者が退職勧奨に応じない限り、退職は成立しません。

退職勧奨は、法的には問題のない行為ですが、従業員が退職を拒否しているにも関わらず、執拗に面談の中で退職に同意するように誘導すると、「退職強要」と受け取られてしまうことがあります。
「退職勧奨」と「退職強要」は、明確に「ここからは退職強要だ」という線引きがありませんから、会社の面談者側は退職勧奨だと思って面談を進めていても、従業員に「これは退職強要だ」と受け取られてしまうと、トラブルにつながりやすいという懸念があります。

さらに、精神疾患に罹患した従業員に退職勧奨を行う場合には、どのように面談を行うか、そして主治医と連携するなど、いかに従業員に配慮して退職勧奨を行ったのかが重要なポイントとなります。

(1)退職勧奨と普通解雇の違い

「退職勧奨」は使用者が従業員に対して退職を依頼する、または退職を勧める行為で、雇用関係を合意解約することをいいます。
従業員がこれを拒否すれば、合意解約は成立しません。合意解約すること自体は原則として自由ですが、従業員の自由な意思決定を妨げるような行為は、違法な権利侵害となります。

一方解雇は、従業員の意思とは関係なく使用者が一方的に契約の解除を通告することをいいますので、退職勧奨とは根本的に異なります。
解雇は、厳しい解雇規則が適用されますが、退職勧奨は社会的相当性を逸脱した態様で行われない限り、不法行為とはなりません。

(2)退職勧奨トラブルの裁判事例(W社事件・M社事件)

精神疾患に罹患した従業員に対する退職勧奨については、過去に裁判まで発展したケースもあります。

株式会社W社事件(京都地判平成28年2月23日)
輸入婦人肌着販売員として働いていた契約社員の原告は、適応障害を発症しました。原告が欠勤をした後、雇用期間満了が近づき、原告は、会社に「医師から会社の関係者と会うことを制限されている」と伝えていましたが、会社は原告に連絡して、短期間の契約更新に関する話をするため面談しました。
原告は、「会社が適切な職場復帰支援を実施すべき義務に違反して、原告に執拗に接触した」「その結果、原告は重症うつ病エピソードを発症し、精神障害が遷延化した」などと主張し、債務不履行(労働契約法の安全配慮義務違反)または不法行為(民法709条・715条)に基づく損害賠償を求めました。

裁判所は、原告の上司である課長は、原告から「適応障害と診断された」と告げられており、原告が精神障害を発病したことを、認識または認識すべきであったとするのが相当としました。そして、会社は原告が療養に専念できるよう配慮すべきであり、不利益な条件を提示することについて合理的な説明を行う義務を負っていたとして、会社に義務違反があったと判断しました。
ただし、義務違反は原告のうつ病エピソード発症後に行われたものであり、義務違反がうつ病エピソードを遷延化したと裏づける証拠はないとして因果関係は否定し、原告の精神障害に悪影響を与えたことに対して慰謝料100万円のみ認めました。

M社事件(京都地判平成26年2月27日)
原告はうつ病を発症し休職していましたが、その後復職しました。しかし原告は、復職後も机に突っ伏して寝ている状況が多かったり、業務量の軽減を求めたりしていたため、9日の間で5回にわたる退職勧奨(第2回面談は約1時間、第3回面談は約2時間、第5回面談は約1時間程度)を行いましたが、原告はこれに応じませんでした。
そして、その翌日原告が主治医の診察を受けたところ、うつ病により休職加療が必要と診断され再休職となり、その後就業規則所定の3カ月の休職期間満了によって、退職扱いとなりました。
原告は、退職強要があったとして精神的苦痛に関する慰謝料と、退職扱いの無効による地位確認などを求めました。

面談では、退職に応じなければ解雇する可能性を示唆して退職を求めており、面談では原告が退職勧奨に応じない姿勢を示しているのに、繰り返し退職勧奨を行っていること、また業務量を調整してほしい旨を主張しているのに会社がこれに応じなかったことなどから、原告の退職に関する自己決定権を侵害する違法なものと認めるのが相当としました。

精神疾患の労災補償請求件数と支給決定件数は、年々増加傾向にあります。労災が認定されたからといって、必ずしも会社の安全配慮義務が認められるとは限りませんが、労災認定された場合には、安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求をされるケースは多くなります。
この安全配慮義務の中には、メンタルケアといった心の健康への配慮義務も含まれています。ストレスチェック等の適切な対策を行わず、従業員の健康状態を把握する義務を怠ったと認定されれば、安全配慮義務違反に問われる可能性があります。

> 日本最大級|厚生労働省ストレスチェック制度準拠「ストレスチェッカー」

(3)退職勧奨の適法性の判断基準(下関商業高校事件)

退職勧奨については、下関商業高校事件第一審判決(山口地下関支判昭和49年9月28日)で、退職勧奨の適用性を判断する際の基準として、以下を示しています。

①被勧奨者が明確に退職する意思がないことを表明した場合には、新たな退職条件を提示するなど特段の事情がない限り、一旦は退職勧奨を中断して時期を改めるべきである。

②退職勧奨の回数、期間については、退職を求める事情等の説明および優遇措置等の退職条件の交渉などに通常必要な限度にとどめられるべきである。

③被勧奨者の仮定の状況等、プライベートにわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することがないよう十分な配慮がなされるべきである。

前述したM社事件では、退職勧奨がそれほどの心理的負荷を与えたのかは疑問の残るところではありますが、短期間に何度も退職勧奨を行っており、また面談時間も長時間にわたっていることから違法な退職勧奨と判断されたのではないかと見られます。

退職勧奨の進め方のポイント

退職勧奨を進める際には、就業規則の整備、適切な面談がポイントとなります。
労働基準監督署が関与する事態となった場合にも、就業規則は最初にチェックされますし、就業規則の存在は、面談をスムーズに進めるためにも重要です。

(1)就業規則の整備

大前提となるのが、各事業場の状況に応じた就業規則です。
就業規則とは、会社のルールブックのようなもので、労働基準法では、常時10人以上の労働者(パート、アルバイト含む)がいる事業場においては、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。

就業規則を整備する目的は、会社も従業員も安心して働ける環境をつくるためですが、会社側としては就業規則を整備することで、トラブル防止のための対処をすることができるようになります。
なぜなら、従業員や遅刻や無断欠勤をしても、就業規則がなければ「そういうことをしてはいけない」というルールが存在しないことになってしまい、対応が難しくなってしまうからです。

就業規則には、労働時間、賃金、退職に関する事項を規定しなければならないとされていますが、欠勤や遅刻、懲戒処分、産業医等の面談、休業期間中の配慮、復職委員会など、休職に関する規定もぜひ盛り込んでおきたいところです。
「どのような条件なら休職できるか」「休職期間がどれくらい続き、状況が変わらない場合には退職となるか」といった休職に関する規定を設ければ、休職期間が長引いて退職を検討する際に従業員との面談を進めるための根拠とすることができ、無用なトラブルを回避できる可能性が高くなります。

(2)面談の重要性

退職勧奨を行う場合には、後々の「言った言わない」のトラブルを回避するために、書面やメールでやりとりをするケースがあります。
しかし、面談では相手の表情やしぐさなどを見ることができ、書面やメールでやりとりだけでは、分からない情報もたくさん収集することができます。
定期的な面談を行ってお互いの意思疎通を図り、最低限の信頼関係を築くことは、後々の労働トラブルに発展する非常に大切であると考えます。

ただし、休職中の従業員と面談しようと連絡しても、電話には出ない、メールを出しても返信が返ってこないといったケースもあります。
また、診断書には主治医の意見として「本人と会社関係者との接触について制限するべき」と記載されていることもあるため、その点についても注意が必要です。
このような場合に無理やり面談したりすると、「症状が悪化した」と主張され、慰謝料請求が認められた事例が過去にありますので注意が必要です(前述した株式会社W社事件(京都地判平成28年2月23日)。

面談できない従業員については、最終的には書面でのやりとりで退職勧奨を進めることができないケースもありますが、主治医や産業医同席の面談であれば可能であるか検討するなど、何とか面談で意思疎通ができないか検討することが必要です。

主治医などから、従業員と会社関係者との接触が制限されておらず、かつ電話やメールで連絡が取れない場合には、直接自宅を訪問するしかありませんが、この場合も本人の同意が取れない場合には、おすすめできません。
本人の同意が得られた場合でも、自宅で面談するのではなく近所のカフェなどで面談する方がよいでしょう。従業員としても、自宅まで訪問されたら退職を覚悟する場合が多いので、この時に退職承諾書や休職期間満了通知書を持参してサインをもらうことで、解決できるケースは多いものです。

会社から提示する「休職期間満了通知書」の文言例
休職期間満了通知書
貴殿は、令和○年○月○日から休職されております。
就業規則第○条及び○条○項に基づき、令和○年○月○日をもって、休職期間満了によって退職となりますので、あらかじめその旨ご通知いたします。
従業員から受け取る「退職承諾書」の文言例
退職承諾書
上記につき、了解しました。貴社との間の雇用契約について、令和○年○月○日をもって終了することに承諾いたします。

ただ、本人がサインを躊躇する場合には、後々「退職強要だ」と主張される可能性もあるので、無理にサインをさせずに持ち帰ることをおすすめします。

(3)長時間の面談・無理な面談はNG

退職勧奨は、従業員に自発的に退職することを促す行為ですから、解雇ほど厳しい規制は適用されませんが、社会的相当性を逸脱したと判断されれば、不法行為となります。
また、精神疾患に罹患している従業員に退職勧奨を行う場合には、特に下記のポイントに注意すべきです。

①退職勧奨は、従業員が断ることが可能であることを伝える。

②退職勧奨を明確に拒否するのであれば、退職勧奨を行わない。

③面談時間は1時間以内とし、長時間の面談は行わない。

④将来的な解雇、自然退職扱いについては、断定的な表現は使わない。

⑤できれば、主治医や産業医に同席してもらう。

また、上司がセクハラやパワハラの加害者で、それが原因で従業員が精神疾患になった場合には、使用者責任で会社が民事責任を負う場合もありますし、場合によっては、加害者である上司を懲戒解雇しなければならないこともあり、さらに注意が必要となります。
この場合には、早めに弁護士に相談して、状況を正確に把握したうえで対処法を検討してもらうことをおすすめします。

まとめ

精神疾患に罹患した従業員に退職勧奨を行う場合には、就業規則の整備や適切な面談、、主治医に対する健康情報の提供などの情報収集など、注意すべき点が多々あります。
適切な方法で退職勧奨を行わなかった場合には、「退職強要だ」と主張されたり、「退職強要によって症状が悪化した」などとして、労災補償請求をされたりする場合があります。実務上は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求につながる場合も多く、深刻な紛争に発展する可能性が高くなります。
そして、この安全配慮義務の中には、メンタルケアといった心の健康への配慮義務も含まれており、ストレスチェックや復職支援といった適切な対策を行わず、従業員の健康状態を把握する義務を怠ったと認定されれば、安全配慮義務違反に問われる可能性がありますし、就業規則の内容をチェックされ不備が指摘されれば、労基署からの判断が厳しいものになる可能性もあります。
精神疾患に罹患した従業員に退職勧奨を行う場合には、これらのリスクを十分に理解したうえで慎重に対応することが大切です。

法人向けストレスチェッカーへのお問合せ

法人向けストレスチェッカーは、官公庁、テレビ局、大学等に導入いただいている日本最大級のストレスチェックツールです。

社内の実施事務従事者にストレスチェックのシステムをご利用いただく『無料プラン』もございます。お気軽にお問い合わせください。

    あわせて読みたい

    > モンスター社員(問題社員)|ケース別対策方法
    > ストレスチェックの結果|メンタルヘルス対策にどう活かすか
    > ストレスチェック制度(2015年から義務化)の活用術