大人の注意欠如多動症 (ADHD)とは?

業務のミスが多い、集中力が続かない、期限を忘れやすい──こうした従業員の中には、ADHDの特性が影響している場合があります。本人の努力不足と誤解されやすい一方で、強いストレスや自己否定感を抱えていることもあります。
この記事では、大人のADHDの特徴や職場で見られるサイン、そしてストレスチェックを活用した支援の方法について解説します。

監修医師:近澤 徹
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役

大人の注意欠如多動症 (ADHD)とは

大人の注意欠如・多動症(ADHD)とは、脳内の神経伝達のバランスや働き方に特性があり、注意の切り替えや衝動の抑制、作業の順序立てが難しくなる発達特性の一つです。これらの特性は子どもの頃から続いており、成人後には仕事上のタスク管理や対人関係の中で特徴が現れやすくなります。

大人になってから気づくケースも多い

大人の注意欠如・多動症(ADHD)は、子どもの頃から続く特性が大人になってから仕事や人間関係で表面化するケースが多い発達特性の一つです。集中が続かない、ミスが多い、締め切りを忘れる、衝動的に行動してしまうなどの傾向が見られます。子どもの頃は周囲のサポートで目立たなかった特性が、社会人になり責任やタスクが増えることで気づかれることも少なくありません。「努力不足」と誤解されやすい一方で、適切な理解と環境調整によって力を発揮できる人も多く、企業としての配慮が重要です。

大人のADHDの主な傾向

大人のADHDの主な傾向としては、「注意の持続が難しい」「優先順位をつけるのが苦手」「忘れ物・ミスが多い」といった“注意の抜け”が挙げられます。また、「思いついたらすぐ行動する」「会話中に相手の話を遮ってしまう」「感情の起伏が激しい」など、衝動的な行動も見られます。一方で、興味のあることには驚くほど集中できる“過集中”の傾向を持つ人もいます。
こうした特性は職場での生産性やチームワークに影響することもありますが、理解と環境調整によって十分に力を発揮できる場合も多くあります。

「怠け」「性格の問題」と誤解されやすい

大人の注意欠如・多動症(ADHD)は、決して「怠け」や「性格の問題」ではありません。ADHDは、脳の情報処理の特性によって注意のコントロールや衝動の抑制が難しくなる発達特性の一つです。つまり、本人の努力不足ではなく、生まれ持った脳の働き方の違いが原因です。しかし、社会では「集中できない」「ミスが多い」「片づけができない」といった行動だけが目立ち、周囲から「やる気がない」「だらしない」と誤解されてしまうことが少なくありません。
特に大人になってからは、仕事の責任や人間関係の複雑さの中で特性が表面化しやすく、本人も「自分は社会に向いていない」と強い自己否定感を抱いてしまうケースがあります。けれども、ADHDの特性は一律に「欠点」とは限りません。発想力が豊かで、新しいアイデアを生み出すのが得意な人も多く、適した環境であればその能力を大きく発揮することができます。

職場で見られる大人のADHDの実例

職場で見られる大人のADHDの特性は、人によって現れ方が異なります。
会議の内容を聞き漏らしたり、締め切りを忘れたりといった“うっかりミス”が多いケースがあります。また、複数の業務を同時に進めるのが苦手で、優先順位をつけられず混乱してしまうこともあります。

スケジュール管理が苦手

大人のADHDの人に多く見られる特徴のひとつが、「予定やタスクの管理が苦手」という傾向です。
たとえば、ある従業員は複数のプロジェクトを抱える中で、重要な締め切りを勘違いしてしまったり、会議の日程をうっかり忘れてしまったりすることがありました。本人は「しっかり確認したつもり」でも、頭の中で優先順位を整理するのが難しく、急な変更や複数タスクの並行処理に対応しきれなくなることが多いのです。
また、メモを取っても後でどこに書いたか分からなくなったり、メールの返信を後回しにして忘れてしまったりといったこともあります。これも同様に、本人は真剣に取り組んでおり、決して怠けているわけではありません。
企業としては、タスク管理ツールの導入やToDoリストの共有、進捗確認の場を定期的に設けるなど、構造化されたサポートが有効です。

書類や物をよく失くす

大人のADHDの特性としてよく見られるのが、「書類や物をよく失くす」という傾向です。
ある社員は会議で使用する資料を印刷したものの、配布直前にどこに置いたか分からなくなってしまうことが度々ありました。デスクの上は常に書類やメモであふれ、必要な資料を探すのに時間がかかってしまうこともしばしば。本人は「片づけよう」と思っていても、急な仕事が入るとそのままになり、結果的に整理が追いつかないのです。
また、社用携帯や社員証、会議用のUSBメモリなどをうっかり置き忘れるケースも少なくありませんでした。
こうした行動は周囲から「だらしない」「注意力が足りない」と見られがちですが、実際には脳のワーキングメモリ(短期記憶)や注意の切り替えが苦手なことに起因しています。
書類の保管場所を固定化する、電子化を進めてペーパーレス化する、チェックリストを活用するなど、物理的な環境整備が効果的です。

優先順位をつけるのが難しい

大人のADHDには、「優先順位をつけるのが難しい」という傾向もあります。
ある営業職の従業員は、複数の案件を同時に抱えた際、緊急度の高いタスクとそうでないものの区別がつかず、結果として重要な対応が後回しになってしまうことがありました。頭の中では「やるべきこと」が分かっていても、どれから手をつけるべきかの判断が混乱し、思考が止まってしまうのです。
また、別の従業員は「どの仕事も完璧に仕上げたい」という気持ちが強く、細部に時間をかけすぎて全体の進行が遅れるケースもありました。こうした特性は、「段取りが悪い」「時間管理が苦手」と誤解されやすいですが、ADHD特有の情報処理の難しさが背景にあります。
本人が「何を、どの順番で進めるか」を整理できる環境を整えることが、ミスやストレスを減らし、パフォーマンス向上につながります。

突発的な発言や行動が多い

大人のADHDの特性として、「突発的な発言や行動が多い」という傾向があります。たとえば、ある従業員は会議中に思いついた意見をすぐ口にしてしまい、上司の説明を遮ってしまうことがありました。本人は場を乱す意図はなく、むしろ「良いアイデアを共有したい」という前向きな気持ちから発言しているのですが、周囲からは「空気が読めない」と誤解されてしまうこともあります。
また、業務中に新しいアイデアが浮かぶと、進行中のタスクを中断して別のことを始めてしまうケースもあります。こうした行動は、脳内での興味や刺激への反応が強いことに起因しており、自分でも「やめよう」と思っても抑えきれないことがあります。
組織としては、会議では意見をメモして後で発言する仕組みを設けたり、タスクを小分けにして優先度を明確に伝えりするなどの工夫をし、発想力や瞬発力を評価し、アイデア出しや企画など創造的な業務に活かせる環境を整えることも大切です。

会議や報告で抜け漏れが多い

大人のADHDの特性として、「会議中に指示を聞き逃す」というケースはよく見られます。
ある社員は真剣に会議に参加しているにもかかわらず、重要な決定事項を後から同僚に確認することが度々ありました。本人としては集中しているつもりでも、プロジェクターの音や誰かの咳、外の物音など、周囲の小さな刺激に注意がそれてしまい、話の一部を聞き落としてしまうのです。
このようなケースでは、会議中の要点をホワイトボードに書き出したり、議事録を後で共有したりするなど、情報を視覚的に補う工夫が効果的です。また、指示を出す際には「期限」「担当」「目的」を明確に伝えることも有効です。

大人のADHDとストレス

大人のADHDの人は、職場でのミスや注意力の維持の難しさから強いストレスを感じやすい傾向があります。なかには「集中できない自分」を責め続け、周囲の評価を気にするあまり不安や緊張が常に続き、睡眠不足や体調不良が重なり、うつ症状を併発してしまったケースもあります。
しかし、ADHDの特性による困難は本人の努力不足ではなく脳の特性によるものです。したがって、このような特性を理解し、務の進め方を工夫することで、過剰なストレスを防ぎ、メンタル不調の予防につなげることが重要です。

ADHDのある人はストレスを感じやすい

大人のADHDの人は、周囲との認識のズレや仕事上の失敗を繰り返すことで、日常的に強いストレスを感じやすい傾向があります。
ある従業員はタスクの抜け漏れを何度か指摘されるうちに、「自分は仕事ができない」と思い込むようになり、報告や相談をためらうようになってしまいました。本人は努力していても、注意や集中を保つのが難しいため、結果的に評価を下げられやすく、それがさらにプレッシャーとなってしまいます。

うつ症状や不安障害を併発することも

大人のADHDの人は、周囲の理解が得られずに失敗を繰り返したり、自分を責め続けたりすることで、うつ症状や不安障害を併発することがあります。
ある従業員はミスを恐れるあまり仕事に強い緊張を感じ、徐々に出社が難しくなってしまいました。ADHDの特性による「できないこと」を努力不足と誤解されることで、自己肯定感が低下し、抑うつ状態に陥ってしまったのです。
このようなケースでは、業務を分担し相談しやすい環境を整えることが、二次的なメンタル不調を防ぐ大きなポイントになります。

ストレスチェック制度で気づきを促す

ストレスチェック制度は、大人のADHDを抱える人にとって、自分のストレス傾向に気づく重要なきっかけとなります。ADHDの特性を持つ人は、集中の波や作業の抜け漏れなどにより、無意識のうちに大きな負担を抱えやすい傾向があります。
ある企業では、ADHDを抱える従業員が「周囲より仕事の進みが遅い」と悩み続け、努力で解決しようと長時間労働を続けた結果、ストレスチェックで「高ストレス」と判定された事例があります。このケースでは、面談で産業医に相談したことで自分の特性に気づき、環境や仕事の進め方を見直すことができました。
このように、ストレスチェックは単にメンタル不調の早期発見だけでなく、特性理解への第一歩にもなります。したがって、企業としてはストレスチェック結果を単なる「評価」ではなく、「気づきと支援のきっかけ」として活用する姿勢が大切です。たとえば、本人が苦手と感じる業務の調整や、タスク管理ツールの導入、進捗確認の頻度を増やすなどの取り組みが効果的です。
ADHDのある人が自分のストレス要因を把握し、必要なサポートを受けられる環境を整えることで、離職防止や生産性の向上にもつながります。ストレスチェックは「問題を見つける制度」ではなく、「特性を理解し、働きやすい職場をつくる制度」として活用することができるのです。

集団分析の活用

ストレスチェック結果を集団分析に活かすことで、職場全体の負担傾向や業務過多の構造的問題を可視化することも可能です。人事や総務がこうした情報をもとに環境を調整し、誰もが働きやすい職場づくりを進めることが、ADHDを含む多様な従業員の力を最大限に引き出す鍵となります。
さらに、ストレスチェックだけでなく、1on1面談や定期的なフィードバック制度、職場アンケートの実施など、従業員の声を継続的に拾い上げる仕組みも効果的です。心理的安全性の高い職場づくりを進めることで、ADHDをはじめとする発達特性のある社員も自分らしく能力を発揮しやすくなります。こうした多面的な取り組みが、組織全体のメンタルヘルス向上と、真に多様性を尊重する企業文化の形成につながります。

監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹

精神科医 近澤徹氏

【監修医師】
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役・近澤 徹

オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。


> 近澤 徹 | Medi Face 医師起業家(Twitter)

    まとめ

    大人のADHDは、職場でのミスや抜け漏れ、対人関係の誤解などから強いストレスを抱えやすい特性があります。こうした状況を放置すると、うつ症状や不安障害を併発するリスクも高まります。ストレスチェック制度は、本人が自分のストレス状態に気づき、早期にサポートにつながるきっかけとなる重要なツールです。人事や総務部門が特性への理解を深め、結果を「評価」ではなく「支援の手がかり」として活用することで、ADHDを持つ社員の働きやすさを高め、離職防止や生産性向上にもつながります。
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