令和6年版厚生労働白書のポイント【精神科医 監修】

先日、令和6年版厚生労働白書が、発表されました。
この記事では、令和6年版厚生労働白書のポイントを分かりやすく解説していきます。

こころの健康とは

WHO(世界保健機関)によると、心の健康は「人生のストレスに対処しながら、自らの能力を発揮し、よく学び、よく働き、コミュニティにも貢献できるような精神的に満たされた状態」と定義されています。この状態は、精神障害の有無にかかわらず、すべての人々にとって健康とウェルビーイング(幸福)に不可欠な要素です。
こころの健康が損なわれると、地域や職場でのコミュニケーションが滞り、社会全体の機能が低下するリスクが生じます。特に、自殺者の増加は深刻な社会問題であり、日本における自殺率は他の先進国と比較して高い水準にあります。

こころの健康の重要性

こころの健康は、個人の幸福や社会の健全性に深く関わっています。現代社会においては、ライフステージごとに異なるストレス要因が存在し、働く環境や社会全体の状況、さらには社会的障壁が、こころの健康に影響を与えています。現代社会におけるストレス要因は多岐にわたり、家庭環境や成育環境、仲間集団での自我形成、周産期、世帯構成の変化、就業環境、家庭生活との両立、喪失体験、生活の不活発さなどが挙げられます。また、ライフイベントや心の健康に関連する事項、差別や偏見(スティグマ)、社会的排除、現代社会に特徴的な社会的障壁、健康問題(身体的疾患)などが心の健康に影響を及ぼす可能性があります。

精神疾患のリスク

精神疾患の現状として、主な精神障害にはうつ病、双極性障害、適応障害、統合失調症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、摂食障害、依存症などがあります。心の健康が損なわれると、労働災害の増加や自殺者数の増加など、社会に深刻な影響をもたらします。
令和4年度には精神障害による労災請求件数が710件で過去最多を記録しました。また、令和5年の自殺者数は21,837人で、そのうち小中高生の自殺者数は513人に達し、過去2番目の高水準となっています。G7各国との比較においても、日本の自殺死亡率は最も高く、特に男性は2番目に高く、女性は最も高い傾向があります。

こころの健康へ取り組む重要性

誰もが経験しうるライフイベントや日常の出来事が心の不調につながらないよう、社会全体で取り組むことが求められています。
地域では母子保健と児童福祉の協働、こども家庭センターの整備などが進められ、こどもの自殺対策や女性支援、新法の制定、DV防止法の強化、依存症に対する支援などが行われています。
職場では労働者の健康確保対策が推進され、治療と仕事の両立支援や育児・介護休業制度、フリーランスのハラスメント対策などが実施されています。

また、社会全体としては、孤独や孤立に対する重点計画や「つながり」を築ける居場所づくり、「自殺総合対策大綱」やこども・若者自殺対策の強化、薬物乱用防止五か年戦略、大麻施用罪の創設、薬物対策などが進められています。障害者差別解消法の改正や「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築も重要な施策であり、自治体における重層的連携による支援体制の構築や、障害者の社会参加を促進する取り組みも行われています。

こころの健康への取り組み事例

社会全体の意識を変えるためには、こころの不調に対する理解を深め、サポートの輪を広げることが必要です。普及啓発活動や、性別役割分業意識を乗り越えるための取り組みを参考にすることが大切です。また、一人ひとりが日常生活を整え、こころの健康が気になるときには専門家に相談できる体制を整えることも求められます。

具体的な取り組み事例としては、依存症の問題を抱えた方々の回復と成長を支援するNPO法人や、多面的なサポートで障害者の就労移行を支援する施設、テレワーク勤務者へのメンタルヘルス対策を行う企業の事例が紹介されています。

依存症の問題を抱える方々の回復と成長を支援 (NPO法人ジャパンマック福岡)

依存症からの本質的な回復を目指し、本人だけでなく、その家族や職員が一体となってサポートを行っています。さらに、県や市、関係行政機関とも連携し、依存症に対する正しい知識を普及させるため、研修会の開催や講師派遣を行い、地域社会での理解を深める活動にも寄与しています。

多面的なサポートで障害者の就労移行を支援 (LITALICOワークス赤羽)

利用者の暮らしから整えることが重要だという考えに基づき、主治医や地域の福祉機関と密接に連携しています。入社前には、独自の「職場での合理的配慮ガイドブック」を使用し、就職後に起こりうる困りごとを整理し、利用者が安心して働ける環境を整えています。

テレワーク勤務者へのメンタルヘルス対策 (株式会社ジョイゾー)

テレワーク下で見えてきた課題に対応するため、バーチャルオフィスの導入や定例ミーティングとは別に個別面談を実施し、従業員のメンタルヘルスをサポートしています。また、サテライトオフィスを活用して社員研修を兼ねたワーケーションを実施し、リフレッシュと研修を両立させる取り組みを行っています。

社員への細かい目配りで健康な職場づくり (株式会社アキツ)

毎月1回、安全衛生統括責任者が講師となり、労働安全衛生に関する講習会を実施しています。さらに、35歳以上の社員が人間ドックを受診する際には、1回あたり10万円まで費用を助成し、社員の健康維持に積極的に取り組んでいます。

こころの健康とストレスチェック

こころの健康づくりにおいては、ストレスチェックの活用が有効です。
ストレスチェックとは、職場や個人のメンタルヘルスの状態を早期に把握することができるツールです。ストレスは、過度に蓄積されると、うつ病や不安障害などの精神疾患につながる可能性がありますが、ストレスチェックを定期的に実施することで、潜在的なリスクを早期に発見し、適切な対策を講じることができますので、深刻なメンタルヘルスの問題が発生する前に、予防的な対応が可能になります。

組織全体のメンタルヘルスの改善にも効果あり

ストレスチェックは、組織全体のメンタルヘルスの改善にも効果的です。従業員のストレス状態を把握することで、職場環境や業務内容に起因する問題点を明確にすることができます。
特定の部署で高いストレスレベルが確認された場合、その原因を分析し、業務の負荷軽減や職場環境の改善を図ることができます。従業員のパフォーマンス向上や離職防止にもつながり、組織全体の健全な運営が促進されます。

従業員自身のメンタルヘルスへの意識も高める

ストレスチェックは、従業員一人ひとりが自身のメンタルヘルスに対する意識を高める機会を提供します。チェック結果を通じて、自分のストレス状態を客観的に知ることで、ストレス対策に対する主体的な行動を促すことができます。たとえば、ストレスが高いと感じた場合には、休養の取り方を見直したり、リラックスできる趣味を持ったりといった、個々のニーズに合わせたストレス対策を講じることができます。

高いストレス状態への早期対応が可能に

ストレスチェックの結果は、産業医やカウンセラーとの連携を強化するきっかけにもなります。高いストレス状態が確認された従業員に対しては、専門家によるアドバイスやカウンセリングを行うことで、より専門的な支援を受けることが可能になります。従業員が安心して働ける環境を提供できるとともに、メンタルヘルス問題の早期解決が期待できます。

従業員の安心感にもつながる

ストレスチェックを活用することで、組織全体としてメンタルヘルス対策に取り組む姿勢を示すことができます。従業員に対する組織の信頼性や安心感を高め、心理的安全性の向上にもつながります。メンタルヘルスへの取り組みが組織文化として根付くことで、従業員同士のコミュニケーションが活発になり、助け合いの精神が醸成されるなど、組織全体の健康度が向上します。

監修:精神科医・日本医師会認定産業医/近澤 徹

【監修医師】
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役
近澤 徹

オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。

> 近澤 徹| Medi Face 医師起業家