
ピープルアナリティクス(People Analytics)とは、従業員の属性や行動データを収集・分析し、人事戦略や意思決定に役立てる手法で、Googleやソフトバンクでも導入されています。
Googleでは採用・育成・定着の基盤として活用していますし、ソフトバンクでは人事データを活用し業務効率化やマネジメント課題の解決を推進しています。その他多くの企業で、採用活動の最適化、従業員満足度向上、離職防止、人材配置の最適化など、多様な目的でピープルアナリティクスの導入が進んでいます。
監修:山本 久美(株式会社HRデータラボ 公認心理師)
目次
ピープルアナリティクスとは
ピープルアナリティクスとは、従業員の属性や行動などのデータを活用し、人事領域での施策実行や意思決定、課題解決に生かす手法です。
もともと「HRアナリティクス」「ワークフォースアナリティクス」など似た概念は以前から存在していましたが、Googleが社内の人事データ分析部門を「People Analytics」と名付け、採用や評価、離職防止の分野で成果を出したことが、この用語を世界的に浸透させたといわれています。
ピープルアナリティクスの活用方法
ピープルアナリティクスを活用すれば、採用の最適化、離職防止、従業員エンゲージメント向上、人材育成の効果測定などを効率的に行うことができるようになります。
たとえば、退職リスクの高い人材の早期発見、最適な配置による生産性向上、教育施策の効果測定など、具体的で実行可能な施策につなげることができます。また、データ活用により経営層と人事部門の連携が強化され、感覚的ではなく根拠に基づく人事戦略が実現できるようになります。
Googleがピープルアナリティクスを導入した背景
Googleがピープルアナリティクスを導入した背景には、主にデータドリブン文化、人材競争力の維持、成功体験の3点を挙げることができます。
Googleは創業当初から、広告配信アルゴリズムなどあらゆる意思決定を「勘ではなくデータに基づいて行う」という哲学を持っており、その文化を人事領域にも適用すべきだという考えがありました。
2000年代半ば以降、Googleは急速に従業員数が増加し、採用の質の担保・マネジメント品質・従業員のモチベーション・離職率などが大きな経営課題となりました。従来の感覚に頼ったHR施策では対応しきれなくなり、“科学的人事”の必要性が高まりました。
そのような時に、2009年の社内研究プロジェクト「Project Oxygen」で、データ分析により「成果を出すマネージャーに共通する8つの行動」を特定し、研修や評価制度に反映した結果、パフォーマンスが向上。この成果をきっかけにPeople Analyticsが正式な仕組みとして組織に組み込まれていきました。
こうした経緯から、Googleは人事を科学的に分析する体制を本格的に整備し、採用、評価、配置、育成といった幅広い領域でデータ活用を進めることになりました。
ピープルアナリティクスのメリット
ピープルアナリティクスを導入することで、採用活動の効率化や適材適所の人材配置、離職防止、従業員満足度向上など、組織の持続的成長につながる施策を実行できます。
従来の人事領域では、担当者や経営層の経験、勘、主観的な印象が大きな役割を占めてきましたが、どうしても個人の視点や先入観に左右されやすく、判断のばらつきや偏りが生じるリスクがありました。
一方、ピープルアナリティクスでは、勤怠記録、評価結果、スキル情報、エンゲージメント調査、離職率など、組織内に蓄積された多様なデータを定量的に分析するため、採用時には自社で活躍する人材の共通属性をもとに選考基準を設定でき、従業員一人ひとりの適性に合わせた配属が可能になります。
人材配置の最適化
ピープルアナリティクスを導入することで、自社で成果を上げやすい人材像を明確化し、採用活動の精度を高めることができます。
また、従業員一人ひとりのスキルや能力、経験値などをデータとして可視化することで、個々の適性や志向に合わせた最適な人材配置が可能になります。
さらに、配置結果や業務実績を継続的にモニタリングすることで、育成計画や研修内容の改善にも役立ち、効果的かつ戦略的な人材育成が実現します。
離職リスクの予測と早期対応
過去の離職者の属性や勤怠状況、評価、異動履歴、アンケート結果などを分析すれば、離職の傾向や兆候を把握し、離職リスクの予測と早期対応が可能となります。
たとえば、高ストレス状態やエンゲージメント低下など、将来的に離職につながりやすい要因を早期に察知し、面談や業務負荷の調整、配置転換、キャリア支援などの個別対応につなげることで、離職防止と人材の定着率向上が期待できます。
エンゲージメントの高い職場の分析
ピープルアナリティクスを活用して、エンゲージメントの高い職場を分析することもできます。
まず従業員の属性データや勤怠状況、評価、アンケート結果などの行動データを幅広く収集・整理し、現状のエンゲージメントレベルを定量的に把握します。次に、分析結果からエンゲージメントが高い部署やチームに共通する要素を抽出し、その背景にある要因を特定します。
上司との関係性、業務負荷の適正さ、キャリア成長機会の有無、チーム内のコミュニケーションなどを基に、組織開発や評価制度、研修プログラム、働き方改革といった人事施策に反映させることで、全社的にエンゲージメントの高い職場環境を構築できます。
AIを活用したピープルアナリティクスの代表的な事例
マイクロソフト
マイクロソフトでは、従業員のメール・カレンダー・Teamsから得られる協働データを分析して、生産性やエンゲージメントを数値化しています。そして、リモート環境で成果が下がるチームの共通点や、高い成果を上げるマネージャーのコミュニケーション習慣を可視化し、その結果を基に、効果的な働き方を促す行動ガイドラインを作成し、全社的なマネジメント改善に活用しています。
ソフトバンク
ソフトバンクは、人事データや業務データを統合して分析し、採用効率化や人材配置の最適化に活用しています。勤怠情報や評価、研修受講履歴などのデータを組み合わせ、従業員のスキルやパフォーマンスを可視化し、適材適所の人材配置や早期のキャリア支援を実現しています。また、AI分析によって将来の人材ニーズを予測し、戦略的人材育成や離職防止施策に反映させています。
ユニリーバ
ユニリーバは採用プロセスにAIとピープルアナリティクスを導入し、ゲーム形式の適性検査や動画面接から得られるデータを解析して候補者のポテンシャルを評価する仕組みを構築しています。人間の感覚に依存しない選考で工数とコストを大幅に削減しつつ、バイアスを排した多様な人材の採用に成功しています。
ピープルアナリティクス活用のステップ
ピープルアナリティクスでは、状況や目的に応じて4つの分析手法を適切に使い分けることが重要です。
①記述的分析(過去・現在のデータを整理)
②診断的分析(原因や背景を探る)
③予測的分析(将来の傾向を予測)
④処分的分析(解決策や行動案を提案)
記述的分析では過去や現在のデータを整理・可視化し、事実を正確に把握します。
次に、診断的分析でその背景や原因を掘り下げます。
そして予測的分析を用いて将来起こり得る事象やリスクを予測し、最後に処分的分析で効果的な解決策や具体的な行動案を提示します。
記述的分析(過去・現在のデータを整理)
記述的分析は、ピープルアナリティクスの最初のステップです。
目的は、事実を正確に把握し、次の「診断的分析」で原因を掘り下げるための土台を作ることです。
まず、従業員の勤怠記録、評価結果、離職率、研修受講履歴、アンケート回答などのデータを集計・整理し、「過去から現在まで組織で何が起きてきたのか」を明確にします。
たとえば、過去3年間の部門別離職率をグラフ化すれば、特定部署だけ離職率が高い傾向や年度ごとの変動が一目で分かります。さらに、有給休暇取得率や残業時間を可視化することで、働き方の偏りや過重労働の兆候を早期に発見でき、その後の分析や改善施策につなげることが可能です。
診断的分析(原因や背景を探る)
診断的分析は、ピープルアナリティクスにおいて記述的分析で整理したデータを基に、発生している事象の原因や背景を明らかにする分析で、「なぜその結果になったのか」を特定し、改善の方向性を見つけるために行います。
たとえば、ある部署の離職率が高いと分かった場合、その理由を勤怠データ、残業時間、上司との面談記録、ストレスチェック結果、エンゲージメント調査などを照らし合わせて分析し、長時間労働や人間関係の不調和、キャリア形成機会の不足など、離職につながる具体的要因を特定できます。あるいは、有給休暇の取得率が低い原因を、業務の繁忙期分布や人員配置の状況、マネジメント層の意識調査から明らかにし、制度改善や運用方法の見直しにつなげることも可能です。
診断的分析は、課題を表面的に見るだけでなく、その背後にある構造的要因まで掘り下げることで、次の予測的分析や施策立案の精度を高めることができる重要なステップです。
予測的分析(将来の傾向を予測)
予測的分析では、これまでに収集・整理したデータをもとに、将来の傾向や起こり得る事象を推測します。
過去のデータから見られるパターンや相関関係を活用し、「今後何が起きそうか」を統計モデルや機械学習などで予測します。
たとえば、過去の離職者の属性、勤怠状況、残業時間、評価結果、ストレスチェックの結果、異動履歴などを組み合わせて分析すれば、離職リスクの高い社員を事前に特定できます。
また、特定の研修を受講した従業員のその後の昇進率や評価向上率を分析することで、研修効果を予測し、教育投資の優先順位を決定することも可能です。
さらに、エンゲージメントスコアや勤怠データを用いて、季節や繁忙期ごとのパフォーマンス変動を予測し、人員配置や業務計画の事前調整に役立てることができます。
予測的分析は、将来の課題を事前に把握し、リスク低減や機会最大化のための先手を打つために欠かせない工程です。
処分的分析(解決策や行動案を提案)
処分的分析は、ピープルアナリティクスの最終段階にあたる分析手法です。
収集した従業員データを基に将来起こり得るリスクや課題を予測し、それに対応する具体的な解決策や行動計画を導き出すことが目的です。
たとえば、離職防止では過去の離職者の年齢、勤続年数、所属部署、評価、残業時間などを分析することで、退職リスクの高い従業員を早期に特定し、面談や配置転換、業務改善策などの予防措置を講じられます。
パフォーマンス管理では、評価や目標達成度、欠勤・遅刻の回数などからパフォーマンス低下の兆候を察知し、必要な研修やサポートを迅速に提供することができるようになります。
さらにエンゲージメント低下予測では、アンケートやイベント参加率、社内コミュニケーションの頻度といったデータを分析し、モチベーションを高める施策につなげることができます。
こうした取り組みにより、組織は早期発見・早期対応が可能となり、損失や生産性低下のリスクを最小限に抑えられます。また、データに基づく意思決定は、根拠の明確さから社内の納得感も得やすく、人材配置や育成計画の精度向上にもつながります。
ただし、分析結果を過信せず正しく解釈すること、必要なデータを正確に収集・更新すること、そして何より従業員のプライバシー保護を徹底することが大切です。
ピープルアナリティクスで扱うデータ
従業員の属性、行動、パフォーマンス、組織情報など、人に関わるあらゆるデータです。勤怠記録や残業時間などの勤怠データ、ストレスチェック結果、エンゲージメント調査や定期アンケートの回答が含まれます。さらに、1on1や評価面談の記録、離職率・異動履歴・社内キャリアパスといった人事履歴、短期間で従業員の心理状態を把握するパルスサーベイなどを組み合わせ、組織の現状や課題を多角的に分析します。
人材プロフィールデータ
ピープルアナリティクスで扱う人材プロフィールデータには、氏名、年齢、性別、役職、給与、所属部署などがあります。
ただし、これらは個人情報にあたるため、分析に活用する際は特定の個人が判明しないよう適切な加工が必要です。
氏名はIDやコードに置き換え、年齢は年代区分に変換、性別や部署情報は集計単位でのみ利用します。
勤務・行動データ
勤務・行動データとは、従業員がどのように働き、業務に関わっているかを示す情報です。
勤務時間や残業時間、有給休暇取得率などの勤怠情報を分析することで、長時間労働の傾向や休暇取得の偏りを把握し、働き方改善や健康管理施策につなげられます。
また、業務日報やプロジェクト参加状況、会議参加履歴といった行動データも重要です。たとえば、特定の従業員が複数のプロジェクトに関与している場合、業務負荷の過多や集中度合いを可視化できます。さらに、会議参加頻度が高すぎることで本来業務に充てる時間が不足しているケースも把握可能です。
これらのデータを活用する際にも、従業員一人ひとりのプライバシー保護が不可欠であり、個人を特定できないように匿名化や集計処理を行うことが求められます。
コミュニケーション・デジタル利用データ
コミュニケーション・デジタル利用データとは、従業員が業務上どのように情報をやり取りし、デジタル環境を活用しているかを示すデータです。
メールやチャット、社内SNSでのやり取りの件数や頻度、PCやスマートフォンの利用状況、業務ツールやアプリの使用時間・回数などがあります。
個人を特定できる内容や機密性の高い会話の中身ではなく、件数や時間帯といった統計情報として活用することで、安全かつ有効に分析を進めることができます。
たとえば、部署間のメールやチャットのやり取りが極端に少ない場合には、連携不足や情報共有の遅れが業務効率低下の要因になっている可能性があります。また、業務外の時間帯に頻繁にシステムへアクセスしている社員が多い場合には、長時間労働やワークライフバランスの崩れが懸念されます。
評価・エンゲージメントデータ
評価・エンゲージメントデータは、従業員の成果や能力、職場への関わり度合いを把握するための重要な情報です。
業績評価やコンピテンシー評価では、業務の達成度や役割遂行に必要なスキル・行動特性を測定します。
360度評価では、上司・同僚・部下など多方面からのフィードバックを集め、個人の強みや改善点を多角的に明らかにします。
エンゲージメントサーベイでは、仕事へのやりがいや職場への満足度、会社への信頼感などを数値化し、組織全体や部署ごとの傾向を把握できます。
たとえば、評価は高いがエンゲージメントスコアが低い従業員が多い場合には、待遇や成長機会、マネジメントの在り方に課題がある可能性があります。
また、離職意向を測る質問項目を組み合わせることで、将来的な人材流出リスクの予兆を早期に察知できます。
健康・職場環境データ
健康・職場環境データは、従業員が安全かつ快適に働ける環境を整え、生産性や定着率を高めるための重要な基盤です。健康診断結果は、体調や疾病リスクを数値化し、これを人事データと掛け合わせることで、職務内容や勤務形態との関連性を分析し、健康維持に有効な施策を設計できます。
まず、ストレスチェックの結果をスコア化し、部署別・職種別・年代別などで集計して傾向を可視化します。
たとえば「仕事量の多さ」「上司の支援不足」など尺度ごとの平均値や高ストレス者割合を分析し、勤怠データや離職率と突き合わせて相関を確認して、高ストレス部署への重点的支援や業務改善、マネジメント研修などの施策立案に活用します。
採用・離職データ
採用経路や選考プロセス、採用実績を分析することで、自社に適した人材がどの経路から応募し、どの選考段階で定着率の高い人材を見極められているのかを把握できます。
過去3年間の採用経路別の離職率を比較すれば、求人媒体や紹介制度など採用チャネルごとの成果を明確にでき、効果的な採用活動へつなげられます。また、離職理由や離職率の推移を分析することで、待遇やキャリア機会、職場環境など改善が必要な要因を特定できます。
人材データの基本情報を活用し、採用・離職傾向を年代別、部署別、職種別に比較することも可能です。
監修:山本 久美(株式会社HRデータラボ 公認心理師)

大手技術者派遣グループの人事部門でマネジメントに携わる中、社内のメンタルヘルス体制の構築をはじめ復職支援やセクハラ相談窓口としての実務を永年経験。
現在は公認心理師として、ストレスチェックのコンサルタントを中心に、働く人を対象とした対面・Webやメールなどによるカウンセリングを行っている。産業保健領域が専門。
まとめ
ピープルアナリティクスにおいて、ストレスチェックは従業員の心理的負担を数値化し、部署ごとの課題や離職リスクの高い集団を把握するために有効なデータ源となります。さらに集団分析を行うことで、部署単位や職種ごとのストレス要因を明確化し、改善施策につなげやすくなります。
国内最大級のストレスチェックツール「ストレスチェッカー」は、官公庁、上場企業、大学、大規模病院など幅広い現場で利用されており、受検画面や案内メールの文面カスタマイズ、未受検者への自動リマインド、リアルタイム進捗確認、医師面接希望の収集など、実務に即した柔軟な機能を備えています。
さらに2025年5月からは、無料プランおよびWEB代行プランで「プレゼンティーイズム(体調不良や心理的負担により業務パフォーマンスが低下している状態)」の測定にも対応しており、欠勤だけでなく出勤しながらも生産性が落ちている状況も可視化でき、ピープルアナリティクスの分析精度を高めることができます。
:参照記事
>上司ガチャとは?ストレスにどう気づく?