職場のメンタルヘルス対策ガイドライン(WHO)を産業医が解説

WHOは、職場のメンタルヘルスに介入するため、「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」を2022年9月に出版しました。
日本においても、退職代行サービスが流行するなど、職場のメンタルヘルス対策は早急に進める必要があります。
この記事では、「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」を元に、どのような対策を職場で実施すれば良いのかについて解説します。

「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」とは

「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」は、職場におけるメンタルヘルス問題への対応を目的とした指針で、主に従業員の心の健康を守り、健全な職場環境を構築するための具体的な取り組みを示しています。

「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」の目的

精神障害、特にうつ病や不安障害の有病率は、就労年齢成人の約10%以上に及ぶと推定されています。これらの病気は生産性の低下を招き、経済的な影響が大きいことが懸念され、かつ精神障害を持つ人々の社会復帰には、経済活動への参加が重要です。
しかし実際には、多くの有病者が就業できていない現状があります。これらの課題を解決するため、WHOは「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」を策定しました。

「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」の構成

職場のメンタルヘルス対策ガイドラインでは、①全労働者、②ヘルスケア、人道支援への対応に従事する労働者、③精神的な問題のある労働者の3つの対象者について、6種類の介入分類(誰に対しての介入か)に関する推奨事項を提示しています。

①全労働者に対する心理社会的リスク要因への参加型アプローチを含む組織介入
②ヘルスケア、人道支援への対応に従事する労働者に対する作業負担の低減
③精神的な問題のある労働者に対する合理的配慮

①全労働者への対応

労働者の精神的苦痛を取り除くため、心理社会的リスク要因への参加型アプローチを含む組織介入が推奨されています。

②ヘルスケア等に従事する労働者への対応

②ヘルスケア、人道支援への対応に従事する労働者は、他の労働者に比べて、精神的苦痛が大きいことが予想されます。そのため、彼らに対する作業負担の低減が推奨されています。

③精神的な問題のある労働者への合理的配慮

③精神的な問題のある労働者に対しては、科学的根拠は弱いものの、合理的配慮を行うことが強く推奨されています。
実際に、日本では2024年4月から、事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されています。

管理監督者への介入に関する推奨事項

管理監督者に対しては、部下のメンタルヘルス支援のための管理職トレーニングを行うことが、強く推奨されています。これらの科学的根拠の確実性は中程度であり、積極的に取り入れると良いでしょう。

管理監督者は仕事に関するマネジメントだけでなく、これからは部下のメンタルヘルスのマネジメントも行える必要があります。
部下に対する傾聴や、早期発見、適切な対応を取れるコミュニケーション能力が重要です。

労働者への介入に関する推奨事項

労働者に対してメンタルヘルスリテラシーを高める施策を行うことが、エビデンスレベルは低いものの、条件付きで推奨されています。
日本において、メンタルヘルスリテラシーは高いとは言えないので、偏見の目に晒されやすいのが現状です。
そのため、誰にでも起こりうることであり、早急に対応すれば社会復帰できる可能性が高いことを呼びかけるのが良いでしょう。
たとえば、定期的にメンタルヘルスに関する教育プログラムを実施し、労働者がメンタルヘルスについて正しい知識を持つようにします。これには、ストレス管理、メンタルヘルスの兆候と対策、自分自身や同僚のメンタルヘルスケア方法などが含まれます。

精神的な問題のある労働者への介入に関する推奨事項

精神的な問題のある労働者に対して、エビデンスレベルは低いものの、仕事を対象としたケアを実施することが条件付きで推奨されています。

精神的な問題のある労働者への配慮事項

ガイドラインでは、精神的な問題のある労働者に対して、復職時に以下の配慮を行うことが提言されています。

労働条件の改善
労働時間削減
業務負担軽減
メンタルヘルスの臨床ケア

まず、労働条件の改善が必要です。精神的な問題を抱える労働者が働きやすい環境を整えるためには、物理的な労働環境だけでなく、職場の人間関係や仕事の内容、働き方そのものに関する改善が重要です。具体的には、上司や同僚とのコミュニケーションを円滑にするための取り組みとして、チームビルディング活動やメンタルヘルスに関する研修の実施が含まれます。

さらに、労働時間の削減も推奨されています。精神的な問題を抱える労働者にとって、長時間労働は大きなストレス要因となるため、労働時間を減らすことが重要です。フレックスタイム制やテレワークの導入により、労働者が自分のペースで働ける環境を提供することが考えられます。

業務負担の軽減も不可欠です。労働者が一人で抱える業務量を減らすためには、チーム内でのタスク分担を見直す必要があります。また、労働者が困ったときに相談できるサポート体制を整備することも重要です。

最後に、メンタルヘルスの臨床ケアが推奨されています。精神的な問題のある労働者に対しては、心理的負担の原因となっている業務を避けたり、メンタルヘルスの臨床ケアを定期的に実施したりすることが重要です。

職場でのメンタルヘルスケアは、労働者の健康を守るだけでなく、職場全体の生産性向上にも寄与するため、積極的に取り組むことが求められます。

職場のメンタルヘルス対策として何を行うべきか

WHOが発表したガイドラインを元に考えると、職場のメンタルヘルス対策として優先して行うべきことは、管理監督者に対する部下のメンタルヘルス支援のための管理職トレーニングです。

管理職には、メンタルヘルスの問題が発生した際の初期臨床像を理解してもらうことが重要です。うつ病や不安障害の兆候、ストレスのサイン、行動や態度の変化など、早期発見により、迅速な対応が可能となり、深刻な状況になる前に対処できます。

また、管理職には、部下のメンタルヘルス問題に対処するための具体的な方法を教えることが必要です。適切なコミュニケーション技術、傾聴のスキル、サポートの提供方法などのスキルを管理職が身につけることで、部下が安心して相談できる環境を作ることができます。

次に、復職しやすい環境の整備も重要です。
これは、全ての労働者に対して、メンタルヘルスに関する教育を行うことが必要です。メンタルヘルスの基本的な知識やセルフケアの方法、同僚のサポート方法などを学ぶことで、職場全体のメンタルヘルスリテラシーが向上します。そして結果的にメンタルヘルスの問題に対する偏見を減らし、早期発見・対応がしやすくなります。

職場がメンタルヘルス対策に真摯に取り組んでいる姿勢を見せることは、求職者にとっても魅力的です。
メンタルヘルスの問題に対して真摯に向き合う姿勢を見せることが、今後は求職者への訴求力に繋がるかもしれません。

【監修医師】
精神科医・日本医師会認定産業医
株式会社Medi Face代表取締役
近澤 徹

オンライン診療システム「Mente Clinic」を自社で開発し、うつ病・メンタル不調の回復に貢献。法人向けのサービスでは産業医として健康経営に携わる。医師・経営者として、主に「Z世代」のメンタルケア・人的資本セミナーや企業講演の依頼も多数実施。

> 近澤 徹| Medi Face 医師起業家