
職場でよく見られる精神疾患として、うつ病、双極性障害、統合失調症、不安障害などが挙げられます。近年は働き方や人間関係、役割負担の変化により、これらの症状に気づかぬまま勤務を続け、状態を悪化させてしまうケースも増えています。
精神疾患は、早期に気づき、適切に介入することで回復のスピードや仕事との両立可能性が大きく変わります。一方で、本人が「大丈夫」「自分で何とかできる」と無理をし続けることも多く、周囲の観察や企業側の体制が重要になります。
この記事では、それぞれの精神疾患に見られる典型症状や、「どんな行動変化が起きたら注意すべきか」「社員の不調をどう見極めるか」という点について解説します。
目次
ストレスでどんな症状が出る?
社会で働き続けるうえで、ストレスはどうしても避けられない存在です。本来、適度なストレスは集中力や行動力を高め、仕事の成果につながる「良い刺激」として働きます。しかし、それが一定の限界を超えると、心身は負荷に耐えきれなくなり、メンタルヘルス不調へと進む可能性があります。
過度なストレスが続くと、「気分の落ち込み」「思考力・集中力の低下」「決断の遅延」「眠れない・逆に寝過ぎる」「動作や反応が遅くなる」「慢性的な疲労感」「過食または食欲不振」など、さまざまな形で症状が現れます。これらは単なる“やる気の低下”や“個人差”として片付けられがちですが、放置すると、うつ病・不安障害などの精神疾患へ進行し、休職や離職につながる場合もあります。
メンタルヘルス不調は、本人が自覚しにくい、あるいは「弱さ」と捉えて相談をためらう傾向があります。組織として予防と早期発見の体制を整えることは、従業員の健康維持だけでなく、生産性低下や人材流出を防ぐ経営戦略の一つとしても重要です。
(1)そもそもストレスとは?
ストレスは、私たちの健康な心を、ゴムボールに例えると、理解しやすくなります。
ゴムボールは、外力(ストレスの原因=ストレッサー)によって圧力が加えられると、変形して歪みます。この歪みによって生じる心身の反応を「ストレス反応」といいます。ゴムボールは、軽い力で押されただけなら、弾力性があるので元に戻ります(ストレス耐性)。
しかし強い力で押されたり、長時間押され続けていると、元の形に戻らなくなってしまいます。
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そして、ストレス反応が慢性化して心が破たんした(ゴムボールがつぶれた)時に、何らかの精神疾患を発症すると考えられています。
(2)うつ病|主な症状・気づき方
うつ病になりやすい人は、同じ出来事でも、他の人より大きなストレスとして受取ってしまうことがあります。そして、うつ病は、心と身体の両方に不調があらわれます。
うつ病の主な症状としては、以下のようなものがあります。
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・毎日、気分が落ち込む ・これまで楽しめていたことに興味がなくなり、楽しむことができなくなる ・食事が美味しいと思えなくなり、食欲がなくなる ・仕事に集中できず、物事を決めることができなくなる ・考えるスピードが遅くなる ・それほどの業務量ではないのに、非常に負担を感じる ・理由もなく、自分を責める ・疲れやすい ・動作が遅くなる ・「つらい状態が続くなら、死んだほうが楽」などと考えてしまう |
うつ病は、外見からは分かりにくいケースもありますが、職場で以下のような行動としてあらわれることがあります。
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・遅刻や早退が増える ・突然、会社を休む ・以前より話し方や動作が遅くなり、やるべき仕事にすぐに取り掛かることができない ・仕事のパフォーマンスが明らかに低下した ・同僚と一緒に食事をしなくなった ・頭痛や肩こりなど、身体の不良を訴えるようになった ・仕事を必要以上に不安がり、焦りを見せるようになった |
「最近、以前と比べて様子が違う」「話し方や表情に元気がない」など、明らかな変化が見られた場合は、できるだけ早めに声をかけることが重要です。その際、周囲の目が気にならない会議室や応接室など、プライバシーが確保された場所で話すことをおすすめします。本人が安心できる雰囲気づくりが第一歩です。
ただし、この段階で「うつ病では?」などと病名を推測したり断定的な表現をするのはNGです。そうした言い方は本人を追い詰めたり、防衛的な反応を招く可能性があります。あくまで上司・同僚として「心配していること」「気付いた変化」を事実ベースで伝え、「体調はどうか」「困っていることはないか」など、対話姿勢で寄り添ってください。その上で、必要に応じて医療機関の受診や社内相談窓口の利用を案内すると良いでしょう。
もし医師の診断により就労が困難と判断された場合、休職し治療に専念することになります。うつ病は症状が改善して復職しても、再発し再休職に至る例が少なくありません。そのため、復職支援(リワークプログラム)や段階的な職務復帰、業務量調整、定期面談など、復帰後のサポート体制が非常に重要です。
(3)双極性障害|主な症状・気づき方
双極性障害とは、南極と北極のように「躁」と「うつ」の2つの極がある精神疾患です。「躁」状態では、テンションが高くなって何でもできる気分になり、「うつ」状態では、気分が落ち込み何をする気もなくなります。
双極性障害では、このような2つの状態が交互にあらわれます。
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【躁状態の時】 ・おしゃべりになる ・テンションが高くなり、気分が高揚する ・非常に活動的になる ・睡眠時間が短いのに、活動的である ・いろいろなことを「よいアイデアだ」と思いつく 「自分は何でもできる」と思い込み、他人の意見を聞かない ・注意力散漫になる ・困った状態につながる可能性が高いのに、それに気づかずその活動に熱中する 【うつ状態の時】 |
双極性障害は、躁状態では強い自己主張をして活動が伴わなかったり、自己主張したかと思えばうつ状態となってやる気が起きなかったりなど、職場でちぐはぐな行動としてあらわれることがあります。
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・テンションが高く、上司や同僚がそのことを注意すると、突然激しく怒り出す ・「頭の中に、良いアイデアが次々と浮かんでくる」と主張するが、周囲からはそう見えない ・会話の時、相手に口をはさむタイミングを与えない ・「自分は仕事ができる」など、根拠のない自慢をする ・「今日は体調がいいから、眠らなくても大丈夫」と、2~3時間の睡眠で精力的に活動する ・会話の途中で、突然席を立って、他の事を始めるなど、落ち着きがない ・仕事、趣味、勉強などに昼夜を問わずに没頭する ・「自分は仕事ができる」と自慢していたのに、ある日突然「自分はつも仕事でみんなに迷惑をかける」と落ち込む ・多額の買い物をする ・セクハラやパワハラを行う |
双極性障害の場合は、社員の状態によって接し方や対応が大きく変わります。特に躁状態が疑われる場合には、まず否定せず、落ち着いたトーンで「最近睡眠時間が短いようだけど、疲れは出ていない?」など、負担や変化に気づいていることをさりげなく伝える声掛けが効果的です。ただ、本人は躁状態のときにエネルギーが高く、調子が良いと感じているため、自身の変化を認めないことが多い点には注意が必要です。
そのような場合には、まず家族と連携することも重要です。家族に状況を共有したうえで、必要に応じて医療機関の受診を促す体制を整えてください。また、双極性障害は躁状態よりも、気分が落ち着きやすい「うつ状態」のタイミングの方が、本人と冷静に話し合いができる場合もあります。このため、無理にその場で結論を出さず、タイミングを見て対話することも有効です。
なお、職場では腫れ物扱いをするのは絶対に避けてください。過去の行動や発言を責めることもNGです。本人が傷つき、自責や孤立を深めてしまい、症状を悪化させる可能性があります。大切なのは、「責めない・押しつけない・孤立させない」という姿勢で、早期の治療と適切なサポートにつなげることです。企業として冷静な判断と仕組みづくりができるかどうかが、本人の回復だけでなく、組織の安心感と信頼性にも関わってきます。
(4)社交不安障害|主な症状・気づき方
不安障害には、「社交不安障害」と「パニック障害」があります。
社交不安障害では、人と接するのが苦手で人から注目されると赤面したり汗をかいたりしてしまうため、次第にそのような場面を避けるようになってしまいます。
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・人と接することに恐怖を覚え、緊張する ・人前で食事をする時に、緊張して手が震える ・人前で文字を書く時に、緊張して手が震える ・人から注目されることを、極端に嫌う ・人前で、電話をかけるのが怖い ・周囲に人がいると、トイレで用を足せない |
このように、他人から見たら何でもないようなことに強い不安感や緊張感を持ちながら生活していると、次第に不安感や緊張感を感じる場面を避けるようになり、引きこもりになったり社会生活に支障が出てしまったりする場合があります。
そして、社交不安障害の社員は、職場でコミュニケーションがとれなかったり、異常に発刊したり赤面したりといった行動が目立ちます。
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・プレゼンテーションや人前で文字を書くような場面を、極端に避ける ・名刺交換で手が震えたり、無口になったりなど、必要なコミュニケーションがとれない ・電話に出られない ・会話中、異常に発汗したり赤面したりする |
上記のように、本人が以前と様子や態度が変わったと感じた時には、まず本人が不安や恐怖を感じていることを、ていねいに聴くことが大切です。「そんなこと気にし過ぎた」「がんばれ」といった感想や励ましは必要ありません。まずは、耳を傾けて本人の悩みをよく聴くことが大切です。
また、会議や会食など、どうしても本人が苦手だと感じるのであれば、周囲が代わりに対処するなどの配慮も有効です。
ただ、職場でスムーズに働くためには自分自身で対処する経験を積み重ねていくことも必要です。何でもサポートするというわけではなく、本人を見守りながら、状況に応じて対処の仕方を一緒に考えていく関係作りも必要となるでしょう。
また、本人があまりに辛いようであれば、適切な治療を受けて症状が改善してくると、それまで不安や恐怖を感じていたような場面でも、落ち着いて対処ができるようになります。
(5)パニック障害|主な症状・気づき方
パニック障害とは、身体に異常がないのに、突然、動機や息切れ、めまいなどの激しい症状が起こり、さらに強い不安感にとらわれるパニック発作が起こる不安障害をいいます。
パニック障害では、「パニック発作が、また起こるのではないか」という予期不安が見られるケースが多々あります。
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・救急車を呼び救急外来を受診するほどの発作を起こすが、身体的検査では、明らかな異常が認められない ・「また、パニック発作を起こしたらどうしよう」という不安感があるため、電車に乗ったり人が多い場所に出かけたりすることが、次第に難しくなる |
パニック障害の社員は、職場で以下のような行動が目立ちます。
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・通勤中に「やはり今日は会社を休む」と連絡がくる ・通勤中に倒れたり、体調不良を起こしたりして、始業時間に出勤できない ・電車やバスに乗れず、出勤できない ・「周囲に迷惑をかけている」と、気分が落ち込む様子が見られる |
パニック障害は、非常に強い恐怖を味わうが身体的には有害でも致死的でもありません。そこで、パニック障害と診断された場合には、まず本人に「パニック発作は、数分で治まることが多い」と伝え、安心感を持ってもらいます。「気にし過ぎだよ」といったアドバイスは、逆効果になるので避けます。
また、症状が改善するまでは時間に厳しい仕事を避けるなど、ストレスを減らす配慮も大切です。
(6)統合失調症|主な症状・気づき方
統合失調症は、100人に1人がかかると言われる、頻度が高い病気です。
思春期から青年期に発症することが多いと言われ、幻覚妄想や意欲低下、集中力の低下などの症状があらわれます。
統合失調症は、早期発見と早期治療が行われれば、多くの人が回復できるケースが増えており、病気自体は軽症化しています。しかし、治療が遅れたり治療を中断したりすると、80%以上の人が再発すると言われており、再発を繰り返すと回復が難しくなる場合もあります。
したがって、以下のような行動が見られたら、統合失調症の可能性を視野に入れ、可能な限り早期に適切な対処をとることが必要です。
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・被害妄想で、職場の人から悪口を言われている、盗聴されているなど、非現実的な発言をするようになる ・会話のつじつまが合わず、支離滅裂な言動を繰り返す ・論理的な思考ができなくなり、挙動不審となる ・感情が不安定となり、突然興奮する ・感情をあらわすことがなくなり、活気がなくなり、仕事の効率が明らかに低下する |
統合失調症は、本人が「自分は病気だ」と認識できるケースが少ないことから、「様子がおかしい」と感じたら、早期かつ慎重な対応が求められます。
必要に応じて家族と相談し、医療機関の受診を勧めます。妄想の内容を頭ごなしに否定してしまうと、興奮したり症状が悪化したりするため、注意が必要です。
(7)ストレスチェックを気づきに活かす
ストレスチェックとは、社員がどの程度ストレスを抱えているかを定期的に把握するための制度で、平成27年(2015年)12月1日に義務化されました。現在は「常時50人以上の労働者がいる事業場」が対象ですが、労働安全衛生法の改正により、今後は50名未満の事業場にも対象が広がる見込みです。
ストレスチェックの目的は、社員本人にその結果を通知して、自らのストレスについて「気づき」を促すことで、メンタルヘルス不調のリスクを低減すること、及びストレスが高い人を早期に発見し、医師による面接指導につなげることで、メンタル不調を未然に防止することです。
さらに、ストレスチェックの検査結果を集団ごとに集計・分析することで、職場におけるストレス要因を評価し、職場環境改善につなげるという効果も期待されています。
会社にはメンタルヘルスに対する安全配慮義務があり、ストレスチェックだけでなく、さまざまなメンタルヘルス対策に積極的に対応していくことが求められています。
この安全配慮義務違反であり労働契約法の違反であると認定されれば、社員からメンタルヘルス不調において損害賠償責任を追及されるリスクがあります。
ストレスチェッカーとは
「ストレスチェッカー」は、官公庁・上場企業・大学・医療機関などで利用されている国内最大級のストレスチェックツールです。
未受検者への自動リマインドや進捗確認、医師面接希望者の管理など、現場で必要な機能を標準搭載しているのはもちろん、2025年5月からは無料プランやWEB代行プランでも、体調不良や心理的負担による生産性低下「プレゼンティーイズム」の測定が可能です。
ストレスチェックは、これまで努力義務とされていた労働者数50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施が義務化されることとなりました。
導入や運用の相談は、ぜひお気軽にお問合せください。
まとめ
私たちは、生きていくうえでストレスを感じずに生きていくことはできません。それにまったくストレスを受けない生活からは、緊張感や張り合いを得ることはできず、心身は鈍ってしまうことがあります。
たとえば、趣味もなく仕事一筋で生きてきた人が、定年退職で一気に老け込んでしまうことがあるのは、よく知られています。
しかし、過度なストレスは心身に大きな影響を及ぼし、普通の生活が送れなくなることがあります。このような状態になるのを防ぐためには、個々が自分のストレスの状態を知り、ストレスをためすぎないように対処したり、ストレスが高い状態の場合には医師の面接を受けたり、必要に応じて適切に治療を受けたりすることが大切です。
また、上司や同僚が社員の不調に早期に気づくためには、ストレスの症状としてどのような症状があらわれるか知り、どのように対処すればよいのか正しい知識を持つことも大切です。


